133 デロンの生涯
カーラが虹色の光でカワナミの水を照らすと、時の精霊が長い顎髭をしゅるりとしごいた。
「デロンじゃないわ」
水の銀幕に映し出されたのは、深い森だった。鬱蒼とした森の中で、仲睦まじい男女が魔法を使っていた。鳥の声が聞こえる。狐や鹿も鳴いている。香りは流れて来なかったが、まるでそこに森が広がっているようだ。
思わず映像に触ったハッサンの手が、水の薄膜を突き抜けて向こう側へと出る。カワナミがケタケタと笑った。
「でも、女の人は、ちょっと似ているわね」
「親戚かなあ」
ケニスは幕に映し出されたカップルを眺める。
「あ、船にのったわ」
ふたりは森を抜けて山を越え、麓の漁村から船に乗る。小さな船だったが、ふたりの魔法に守られてどんどん沖へと進んで行く。特に事件もなく、ふたりは岩の多い海岸に着く。
「海を渡ったねぇ」
「そうね。わたしたちと同じね」
カーラとケニスは手を繋いで、水のスクリーンを横切る若い男女に見入っていた。
バンは箱型の背負子から紙を取り出した。懐からは矢立が出てくる。映像に夢中な人間たちは気づかなかったが、精霊たちがざわめいた。精霊大陸にも幻影半島にも、墨壺のついた携帯用の筆入れは存在しなかったのだ。
バンサイの使う矢立は、飾り気のないシンプルな金物だった。何をするのだろうとじっと見ていた精霊たちは、筒から筆が取り出されると声を揃えておお〜と言った。流石に人間たちも注目する。バンが墨壺の蓋を開けて筆をつけると、精霊たちは再び歓声をあげた。
「便利ね」
シャキアは絵筆を知っていたらしく、何の道具なのか想像がついたようだ。バンは少々得意そうに目を煌かせる。
スクリーンの上では、鍛冶屋の夫婦に赤ん坊が生まれたところであった。
「デロンだな」
オルデンがスクリーンに目を移す。
「生まれたね」
ケニスも興奮して映像に視線を戻した。
デロンの両親は精霊大陸出身の魔法使い。父は魔法も使える鍛冶屋だった。夫婦はマーレン大洋を越えて、幻影半島にやってきた。そして、砂漠の遺跡があった町に住みついた。やがてデロンは独立して、バンが閉じ込められた場所に工房を構えた。
デロンが自分の工房を持ってからしばらく経って、町に隊商がやってきた。彼らの話を聞いて、見聞を広めるためにデロンは、ひとりオアシスの町まで旅をした。
オアシスの町はまだ小さくて、いま一同がいる遺跡の部分しかなかった。デロンはオアシスの精霊から精霊文字を習い、精霊大陸の話を聞く。
「この字を教えてくれた水の精霊は、デロンの父さん母さんが住んでた精霊大陸から来たらしいよ」
オアシスの精霊は、水で出来た鳥の形をしている。水で作られた嘴で精霊は、家の中に置かれた水瓶に水を意味する古代精霊文字を刻む。
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