130 アルマディーナの炎
「熱くないんですか?」
カンテラの近くに掌を置くケニスに、シャキアは驚いた。
「精霊の炎だからね。燃えるし、時には熱いけど、今は熱くないよ」
ケニスにはご先祖様の炎でもある。先祖であるイーリスが子孫を想う気持ち。それによって遺された火なのだ。この虹色の火焔がケニスを害することはない。だが、それを説明するのは憚られる。幸いシャキアは精霊と親しい人間だったので、不思議な性質は精霊の力だということで納得してくれた。
「魔法の工房ってのは、どこにあんだい?」
オルデンは好奇心を見せた。シャキアが答えるより先に、カーラがランタンを動かした。今回も虹色の光と火の粉が、ケニスの行くべき先を知らせる。
「こっちね」
カーラはケニスの手を引いて、迷いなく足を踏み出す。
「行ってみよう」
ケニスも躊躇することなく、カーラと並んで歩き出す。
「デロンの魔法が感じられるな」
オルデンも当然という顔をして続く。
「へーえ。分かるのか」
ハッサンが改めてオルデンの万能ぶりに驚く。オルデンの見た目は、中肉中背で茶色い髪と紫色の目をしたハゲオヤジである。どこか印象の薄い、気の利かない感じを滲ませる男だ。意外な感じも手伝って、ハッサンはオルデンが見せる能力に一々感心させられてしまう。
「魔法は人間の中から出てくる力だからな」
「人によって感じが違うんだぜ」
オルデンの言葉に、ケニスが振り返って説明を付け足す。捉えどころのない解説だが、ハッサンにはなんとなく分かった。その人の持つ雰囲気というものはある。厳しい感じや優しい感じといったものだ。魔法も、そうした雰囲気のひとつなのである。
「綺麗な上に、魔法の力があるカンテラなんですね」
シャキアは子供に対しても丁寧に接する。親なし宿なしのオルデンは、そんな人と出会うのは初めての経験だ。精霊の中にはそういう者も見かける。だが、人間では会ったことがないタイプだった。
「シャキアは丁寧な人なんだな」
オルデンは嬉しそうに言った。シャキアはびっくりして眼を見開く。深く神秘的な夜空の藍色が、瞳の奥で恥じらいを見せた。その様子にオルデンは、覚えず目元を優しく下げる。オアシスから運ばれる水と緑の匂いが、砂漠の冬を彩る月光を震わせる。
「どうしたの?早く行こうよ、デン!」
先を行くケニスが足を止めて声をかける。カーラは興味がなさそうにフンと小さく息を吐く。ハッサンとバンは子供たちのすぐ後ろを歩いていて、精霊たちもついて来ていた。
「ああ、今いく」
オルデンは答えて、目線でシャキアを促すと、急いで子供たちの後を追う。シャキアはおかしそうに眼を細めると、シンプルなアルマディーナのカンテラを手に夜の遺跡を進んでいった。
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