13 ふたりの男
オルデンは、噛み締めるように言葉を紡ぐ。小さな魚が群れを作って傍らを泳ぎ過ぎて行く。
「俺が側に居てやれなくなる日も来るかも知れねぇ」
「やだよ!」
「ケニーが死んじまうようなことも無いとは言えねぇ」
「えええっ」
「だが、カーラが、昔のノルデネリエ王族からの大事な話を預かってるのは、ほとんど間違いねぇ」
「うん」
「どうする。カーラとふたりで話したいか?」
ケニーは、突然言われた自分の出自を半分も理解していない。だが、カーラの話を聞いてしまったら、なにか恐ろしいことが起きるかも知れないことは解った。
「あんまり考える時間はねぇが、よく考えろ」
この川床にある遺跡がいつ姿を隠してしまうのか分からない。それに、遺跡が姿を消した時に遺跡の中にいた者がどうなるのか、オルデンは答えを貰っていなかった。閉じ込められるのは避けたい。
「でぇじな話があるんだよね?」
ケニスは決然としてオルデンを見た。嘴の鋭い鳥が、突然水面を割って魚をぱくりと口に挟む。魚の群れは散り散りになる。遺跡一面に泡が立った。
遺跡のあちこちに精霊が隠れている。皆、心配そうにふたりの様子を伺っていた。
「そうだな。それは間違いねぇ」
「だったら聞くよ、俺、聞く」
オルデンは眼を見張る。ケニスは初めて俺と言った。ずっと自分のことをケニーと呼んでいた。もう5歳なのでそろそろ自然に変わるだろうとは思っていた。いま、ケニスにとってもオルデンにとっても、そして森や精霊にとっても大切なこの時に自分自身の呼び方が変化した。
オルデンは堂々としたケニスの佇まいに感心する。ケニスは漢の顔になっていた。
「流石は精霊王室の王子様だな」
「ん?なに?」
ケニスは、また知らない言葉が出てきて聞き返す。
「それは今いい」
「わかった」
ケニスはオルデンを信頼している。オルデンの気配も変わった。オルデンもケニスを信頼している。だが、父親のような愛情から、今この瞬間に、崇敬のような感情も生まれた。そして、自分が今後どうするかは、ケニスの決断に任せようとすら思っていた。
「よし、行ってこい!」
カーラが何を告げても、ケニスがそれを受けてどう考えても、支えて守ってやろう。オルデンはそう心を決めた。
「うん!行ってくる」
ケニスはくるりと背中を向けて、遺跡の敷石にぽっかり開いた四角い穴に向かう。小さな背中が大きく見える。いつの間にか精霊が集まってきた。川の仲間達は、次々にケニスの額に触れると、黙って祝福を与えた。今までにないほど、ケニスの額にある文字は輝き始めた。
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続きます




