127 水辺の遺跡
オルデンはバンサイの方を見た。
「バンも通ってみるか?」
「そうしよう」
絵を描く人の好奇心なのか、バンサイは天井で波打つ湿った砂を興味深げに眺める。
「ここから出られるなら」
「よし、試してみようぜ、バン」
オルデンは、バンサイを風で浮かせる。
「ほう、これが魔法か」
バンサイは初めての感覚に顔を綻ばせた。
子供たちとハッサンは、カワナミの手助けで魔法の流砂をくぐり抜けていた。もう姿が見えない。カーラのランタンから溢れた虹色の光も消え、今は月の光ばかりが残っている。階段を流れ下る月光の滝は、天井まで届かない。僅かに床を青く染めているのみ。
影に沈んだ天井から、カワナミの笑い声と飛沫が落ちてきた。
「オルデン、早く行こうよ!」
幼い少年のようにやんちゃな声で、水の精霊カワナミはオルデンを呼ぶ。
「おう、手伝ってくれ」
「いいよー!」
オルデンは月光のように青白い光の球を浮かべ、天井を照らす。かつてデロンが仕事をしていた工房の天井は、やはり湿った砂で覆われたままだった。
オルデンが手にした魔法の鍵は、青白い光を受けて壁や天井に唐草模様の影絵を落とす。
「みんなは行かねぇのか?」
床に立ったままでいた砂漠の精霊たちに、オルデンが声をかける。
「ヤラの仕事を手伝うから、残る」
熱砂の精霊が、砂の舌をちらちら出し入れしながら答えた。
「行こっかなー」
枯草の精霊は、夜風の精霊に頼んで天井までやってきた。夜風の精霊は流砂の向こう側への興味がないらしく、枯草の精霊をオルデンに渡すとまた床に降りてしまった。
「行ってみるか」
砂のトカゲは弾みをつけて跳び上がる。天井の魔法でぐるりと回され、一同は足から魔法の流砂に沈んでいった。
足が冷たい石につく。頭上には星空が広がっている。魔法の流砂は消えてしまった。カワナミは喜んでぐるぐる回っている。
「へへっ、面白いよね!こっちから扉は全然見えないんだよーっ」
カワナミは水を伝って行き来していたらしい。オルデンのような魔法使いであっても、人間たちには無理そうだ。
「戻れねぇか」
オルデンは残念そうに言った。
「遺跡から出られた」
バンサイは安堵の息をはく。
「オアシスの外れだな」
砂のトカゲは辺りを見回し、誰にともなく言った。
先に来ていた3人は、石の床に立って星を眺めていた。遠くに広い湖がある。建物も建つ岸辺には、丈の高いまっすぐな幹の木が並んでいるのが見える。木々には梢にしか葉がない。細長い葉が夜風を受けて髪の毛のようにそよいでいる。
「ん?古代精霊文字があるな?」
オルデンは床に目を落とす。白い石に、何か文字のようなものが刻まれていたのだ。
「大昔に精霊大陸から遊びに来た水の精霊たちから教わったんですよ」
急に聞こえた涼やかな声に、一行は振り返る。見れば、細長く白い布を頭にかぶって顔の半分に巻きつけた女性が、月明かりの下で真っ直ぐに立っていた。
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