121 オルデンの提案
オルデンのような宿なし親なしには、名前が無いこともままある。ガキとか、おいとか、適当に呼ばれて育つのだ。カツラギ・バンサイの国でも似たような事情なのだろう。名前は何か、ではなく、名前があるのか、と聞かれても、旅人は特に怪しまずに答えた。
「カッツァー、バンシャ?」
ケニスが言いにくそうに真似る。ハッサンはまったく掴めずにまごまごしている。カーラは眉を寄せて口の中で練習している。オルデンはかなり近い発音ができたが、それでも惜しい。ここにいるメンバーには、馴染みのない発音だった。
「カッラーギ・バン=サイ?」
「バンでいいよ。山向こうの連中にはそう呼ばれてた」
面白そうに聞いていた精霊たちが、一斉に笑った。
オルデンは改めて、壊れたデロンの籠を掴む手を、顔の前に持ち上げる。月の光が透かし細工の隙間から溢れて、砂の流れる石の床に唐草模様の影を落とす。カーラの虹色も手伝って、冷たい夜に陽気な彩りを見せていた。
「これは魔法の鍵なんだが、壊れてるからな。バンは魔法使えないのに、ここの家主にされて、鍵に付き纏われたんだよ」
オルデンが静かに聞かせる状況は、バンの心に打撃を与える。
「え、どうにかならないのかい?」
旅人バンは青褪めて聞く。オルデンは気の毒そうにバンを眺める。
「デロンの籠じゃなあ」
「デン、何とかしてあげようよ」
ケニスがオルデンの服を引っ張った。バンは、虹色の瞳を持つイーリスの子供たちが幸せになる方にいる人物だ。カーラはしきりにランタンの光を投げかける。
「とりあえず、こっから出られりゃいいんだな?」
「出来んのか?デンは頼りになるねぇ」
ケニスの真似をして、バンもオルデンを愛称で呼ぶ。カワナミですら呼ばない愛称だ。しかし、精霊も人間も、誰も咎めはしなかった。褒められたオルデンは布から見えている部分を全て真っ赤に染めて照れる。
「頼りにして貰っちゃ、困んだけどよ」
モゴモゴと言いながら、オルデンはデロンの籠を砂のトカゲに向ける。
「トカゲの力を借りたら直せっかな」
精霊たちは興奮した。
「本当か?」
蛇が伸び上がると、石組の精霊も立ち上がった。
「試す価値はあるな」
「オルデンなら直せるんじゃないの?アハハ!」
カワナミは飛沫を上げながらくるくると飛び回る。
「おい、カワナミ、絵の道具を濡らすなよ?」
今はオルデンの頭に乗っている枯草の精霊は、カワナミと仲良くなったようだ。トカゲの精霊は仁王立ちになっている。オルデンは、その砂で出来た眼をじっと覗き込む。
「トカゲ、名前は?」
デロンの籠に力を貸していたなら、名前もデロンから貰っているに違いない。オルデンはそう思ったのである。
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