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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第三章 幻影半島
120/311

120 魔法の鍵

 砂のトカゲは仏頂面をしてオルデンの前に立っている。半分崩れた遺跡の屋根から、砂漠の月が冷え冷えとした光を降らせていた。


「この籠なんだが」


 オルデンは単刀直入に切り出す。


「何に使ってたんだ?」


 砂のトカゲは透かし細工の鉄球を見る。


「鍵だ」

「鍵?何の?」


 オルデンが続けて尋ねる。


「ここにあった工房のさ」



 どうやら、旅人が出られなくなっていたのは、遺跡全体ではなくこの屋根の下にあった部分だけのようだ。


「けど、俺たち入れたよ?」


 ケニスが当然の疑問を口にする。石組の精霊が、足をぶらぶらさせながら答えた。


「蛇が勝手に開けたんだろ。弱い魔法しか残ってねぇしな」


 今では砂のトカゲが力を貸すわけでもなく、道具としても壊れている。魔法が半端な形で残されていただけだった。それでも、全く魔法が使えない旅人にとっては、充分な効果を発揮してしまったようだ。


「熱砂の蛇が鍵を開けたなら、こいつも出られるな」

「旅人さん、もう出られるみてぇだぜ」

「え、そいつぁありがてぇ」


 トカゲの言葉をオルデンが通訳し、旅人が喜ぶ。しかし、石組の精霊が笑って否定する。


「ガハハ、そうはいかねぇのが壊れた道具よ」

「ダメなのか?」


 砂のトカゲが不思議そうに問う。



「トカゲ、寝てたのか?見てなかったんだな?」


 砂の蛇も馬鹿にする。


「何をだ?」

「こいつが可哀想だからよ、何度か鍵開けてやったさ」

「出ていかなかったのかよ?」


 石組の精霊が説明すると、砂のトカゲが質問した。この道具に力を貸していたのは自分なのだ。詳しく聞かなくても、正常に動いていないことが分かる。


「出ようとしても何でか出られなくてな」


 石組の精霊は詳しく語る。


「途中で思いついて道具を置いてこうとしたんだが、ダメだった」

「身につけてるかどうかは関係ない道具だからな」

「そうじゃねぇ」

「そうじゃねぇって、なんだ?」


 トカゲは砂で出来た目を細める。



「道具が懐に飛び込んでた」

「ああ、そりゃ新しい家主として登録されちまったんだな」


 トカゲは納得がいったというように腕を組んだ。それを聞いた熱砂の精霊が、蛇の眼を見開いて身を乗り出す。


「えっ魔法使えないのに?」

「壊れてるからな」


 当事者なのに蚊帳の外だった旅人に、皆が一切に気の毒そうな視線を投げかけた。


「えっ、え?何でぇ?何だってんだ?」


 旅の絵描きは4人の顔を見回した。



「魔法はひとつも使えねぇんだよな?」


 オルデンが確認する。


「使えない」


 旅人が頷く。


「この道具は、ここの屋根がある部分の鍵なんだがよ」

「鍵?」

「鍵って言っても、眼に見えるもんじゃなくてな」

「壁もねぇのにテーブルの辺りから離れられなかったのは、そのせいか」

「残念ながらそうみてぇだぜ」


 オルデンがポンと旅人の肩に手を置いた。それから、ふと尋ねる。


「そういや、お前ぇ、名前あんのか?」

「こいつぁ失礼。カツラギ・バンサイってんだ」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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