118 壊れた籠
旅する絵描きは、膝を伸ばして立ち上がる。声からすれば若い男性で、見た目は小柄で痩せている。砂漠を渡る人に相応しく、全身を覆う布の服を纏っていた。
「砂漠には、賢者が住むと聞いたんだけど」
賢者かと聞かれて一同は首を横に振った。
「そんな大そうなもんじゃねぇよ」
オルデンが穏やかに告げる。
「滅相もねぇ」
ハッサンが否定する。
「砂漠の賢者ってなに?」
「賢老は智慧の子よね?」
ケニスとカーラは、10歳らしくズレた返事をした。
「違ったか」
小柄な旅人は、頭に手をやってため息をつく。
「何か知りたいことでもあんのかね?」
熱砂の蛇がひょろんとハッサンの顔を覗き込む。
「かもな?」
ハッサンは深く考えずに答えた。
「ねえ、賢者がいたら何を聞きたいの?」
カーラが興味を示す。オルデンはハッとした。カーラが積極的に関わるのなら、イーリスの子孫であるケニスを幸せな方へと導く事柄の筈なのだ。
旅人はカーラの目を見る。それからケニスを見て、ハッサンを見て、オルデンも見る。皆が自分の方をじっと見ている。好奇心も感じられるが、どこか心配そうな表情をしている。そう感じた旅人は、思い切って再び口を開いた。
「これが何だか知ってるかい」
と、言いながら懐から取り出したのは、輝石ではなかった。
旅人の絵師の小ぶりな手には、繊細な透かし模様が施された球状の金属が握られていた。まるくした片手で3分の1ほど握り込まれたその球体は、中が空洞になっている。透かし模様の隙間から、握った旅人の手のひらが見えた。
色は黒い。砂で所々削れて銀色が見えているので、上から塗ったものなのだろう。
「そいつぁ」
オルデンが息を呑む。
「デン、知ってるの?」
ケニスが訪ねる。カーラは目を丸くして泣きそうな顔をしている。
「ケニー、これ」
「え、カーラも知ってるの?」
「ええ。これ、デロンの籠だったものだわ」
「壊れてるけど、微かに魔法の気配があるな」
ハッサンは無言で会話を聞いている。旅人の黒い瞳が生き生きと熱を帯びた。
「知ってんのかい?」
「これそのものじゃないけどな」
オルデンは頷く。
「これの仲間よ」
カーラは藍色のランタンを頭の上まで持ってゆく。虹色の炎が揺れて、星形の穴から流れる光が月明かりに混ざる。旅人は小柄だが、10歳程度の背丈しかないカーラよりは大きい。よく見えるように、カーラはランタンを持ち上げたのだ。旅人は呑み込めない顔でカーラの手元を眺める。
「この球も灯りを入れて使うのかねえ?」
「いや、そうじゃねぇようだが」
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