116 遺跡にいた人は目を覚ます
カーラが瞳を虹色に戻しながら、ランタンを掲げる。オルデンは、力強くも不安そうなカーラの眼差しを受け止める。
「カーラはノルデネリエの導き手だろ?」
「ええ」
「ケニーが幸せになることをしたらいい」
言葉の意味は半分も解らないハッサンが、思わずオルデンの腕を掴む。
「へっ?カンテラに火を?寝てる人起きんじゃね?」
「カーラは特別な精霊なのさ」
「どういうこった?」
「カーラがケニーの為にすることには、口出し無用だぜ」
「へーえ?すげぇな」
「智慧の子が言うのだから、間違いあるまい」
びっくりするハッサンに、熱砂の精霊が言い聞かせた。砂漠ではランタンに似たカンテラという手提げランプがある。それでハッサンはカーラの灯りをカンテラと呼ぶのだ。
皆が見守る中で、カーラはランタンを振る。藍色のカンテラの中で虹色の炎がパッと燃え上がった。
「んん」
寝ている人は不快そうな声を立て、瞼に力を入れる。
「ちょっと可愛そうだな」
ケニスが申し訳なさそうに黒い睫毛の人を見守っている。辺りに流れる月光の波を、カーラのランタンがそこだけ虹色に切り取った。寝ている人の瞼はピクピクと動く。やがてもぞもぞとしてから、パチリと切長の眼を開いた。
「今晩は」
カーラが恐れず声をかける。旅人ははっと身を捻って、体に巻きつけていた毛布から手を出す。そのまま毛布を跳ね除けて、傍に置いてあった背負子の箱に手を乗せた。月を映して青みがかった黒い瞳には、警戒と敵意が浮かぶ。
「あたしはカーラ、こっちはケニス。それと、オルデンにハッサンよ」
カーラは虹色の灯りで旅人を照らしながら、一同を紹介した。黒い瞳の人物は、箱に手を置いて片膝立ちになっている。口を開く気配はない。
砂が流れてサラサラと音を立てる。月の面を雲がゆっくりと撫でて流れる。オルデンは膝を軽く曲げて体の前に腕を上げ、両掌を旅人のほうへと向ける。敵意がない印だ。
「俺たちはアルムヒートの港から、熱砂の精霊の案内でここに来たんだ」
オルデンが穏やかに語る。旅人は、なおも顔を強ばらせて一行を睨む。
「お前さんは幻影砂漠の向こうから来たのかい?」
黙ったままの旅人に、精霊たちが苛立ち始める。数少ない幻影砂漠の精霊たちは、じわじわと旅人を取り囲み始めた。
「何だこいつ」
「智慧の子だぞ?」
「こっちから挨拶してるのに」
「なんにも言わねぇな?」
遺跡の床をすり抜けて、石組の精霊が生えるように姿を現した。旅人には、1人の精霊も見えていないらしい。石組の精霊が、折り曲げて半分立てた片脚をよじ登ってもじっとしている。
石組の精霊は、先程熱砂の蛇がしたのと同じように、旅人の服へと潜り込む。やがて、胸の辺りが温かみのある茶色に光った。光がじんわりと広がるなか、石組の精霊は這い出して来た。
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