112 砂漠の夜風
アルムヒートの墓地に眠るのは、ハッサンの父だけでなく母もであった。
「母ちゃんは、風邪拗らせてな」
ハッサンが石を見下ろして、穏やかに言った。同行した3人は黙って聞く。熱砂の精霊も静かにとぐろを巻いている。
「女手ひとつで俺たち兄妹と、パリサのことも育ててたからな。だいぶ無理してたんだろ」
「パリサも?」
ケニスが驚いて声を上げると、ハッサンは頷いて小さな頭を撫でた。
「パリサの母ちゃんはな、母ちゃんがマァ王国に来て最初の友達でさ。俺たちは幼馴染だった。ケニーとカーラみてぇにな」
ケニスとカーラは、嬉しそうに顔を見合わせる。
「でも竜巻で死んじまった。パリサの父ちゃんも、母ちゃんも」
「それで引き取ったのか」
「うちの父ちゃんが悪鬼にやられた後、ずいぶん良くしてくれたからな。他に身寄りもなかったしよ」
ハッサンは隣の墓石に移動する。こちらもふたつ仲良く並んでいた。ふたつの石には鍋の模様がついている。
「うちの母ちゃんが預かってたパリサんちの店は、パリサがヤラぐらいの頃に継いだんだ」
「すごいね」
「前から店を手伝ってたしな。計算も得意でさ。周りに助けてもらうのもうまいんだ」
パリサの話となると、手放しで自慢げになるハッサンであった。
ハッサンは身の上話を終える。自分のことは話したが、3人のことは聞かなかった。オルデンは、どこまで話したものか決めかねている。
「苦労したんだな」
「そうでもねぇさ」
一行は墓場を後にして、いよいよ砂漠へと足を踏み入れた。まだこの辺りには木なども少しは生えている。背の高いもしゃもしゃな幹を月が銀青に照らしている。枝はなく、梢から直接生えた細長い葉が、いく筋も夜風に揺れていた。
「あっ砂」
カーラが眼を押さえる。2人とも目だけを残して布に包まれている。ケニスはすかさず風の精霊で、ふわりとカーラの眼から砂つぶを吹き飛ばす。
「ケニー、ありがとう」
「へへっ」
それからは魔法を解禁して、一同は快適に進む。砂に足を取られることもなく、夜の寒さに悩むこともなく。
「魔法は便利だなぁ」
ハッサンも海を渡る時に練習したので、風を操る魔法だけはかなり使えるようになっていた。
「よう、兄さん、風がお好きかい」
砂漠を旅する商人のような姿で、すらりと背の高い精霊が声をかけてきた。
「まあ、好きだな」
「俺はな、幻影砂漠の夜風から生まれたんだぜ」
精霊がハッサンに売り込んでくる。
「あんたも砂漠の生まれだろ」
「俺は港町の生まれだよ」
「へえー?そうかい?砂と風の気配がするけどな」
夜風の精霊は、人差し指を伸ばしてハッサンの額に触れる。青白い光が灯って消えた。
お読みくださりありがとうございます
続きます




