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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第三章 幻影半島
112/311

112 砂漠の夜風

 アルムヒートの墓地に眠るのは、ハッサンの父だけでなく母もであった。


「母ちゃんは、風邪拗らせてな」


 ハッサンが石を見下ろして、穏やかに言った。同行した3人は黙って聞く。熱砂の精霊も静かにとぐろを巻いている。


「女手ひとつで俺たち兄妹と、パリサのことも育ててたからな。だいぶ無理してたんだろ」

「パリサも?」


 ケニスが驚いて声を上げると、ハッサンは頷いて小さな頭を撫でた。


「パリサの母ちゃんはな、母ちゃんがマァ王国に来て最初の友達でさ。俺たちは幼馴染だった。ケニーとカーラみてぇにな」


 ケニスとカーラは、嬉しそうに顔を見合わせる。


「でも竜巻で死んじまった。パリサの父ちゃんも、母ちゃんも」

「それで引き取ったのか」

「うちの父ちゃんが悪鬼にやられた後、ずいぶん良くしてくれたからな。他に身寄りもなかったしよ」



 ハッサンは隣の墓石に移動する。こちらもふたつ仲良く並んでいた。ふたつの石には鍋の模様がついている。


「うちの母ちゃんが預かってたパリサんちの店は、パリサがヤラぐらいの頃に継いだんだ」

「すごいね」

「前から店を手伝ってたしな。計算も得意でさ。周りに助けてもらうのもうまいんだ」


 パリサの話となると、手放しで自慢げになるハッサンであった。



 ハッサンは身の上話を終える。自分のことは話したが、3人のことは聞かなかった。オルデンは、どこまで話したものか決めかねている。


「苦労したんだな」

「そうでもねぇさ」


 一行は墓場を後にして、いよいよ砂漠へと足を踏み入れた。まだこの辺りには木なども少しは生えている。背の高いもしゃもしゃな幹を月が銀青に照らしている。枝はなく、梢から直接生えた細長い葉が、いく筋も夜風に揺れていた。


「あっ砂」


 カーラが眼を押さえる。2人とも目だけを残して布に包まれている。ケニスはすかさず風の精霊で、ふわりとカーラの眼から砂つぶを吹き飛ばす。


「ケニー、ありがとう」

「へへっ」


 それからは魔法を解禁して、一同は快適に進む。砂に足を取られることもなく、夜の寒さに悩むこともなく。


「魔法は便利だなぁ」


 ハッサンも海を渡る時に練習したので、風を操る魔法だけはかなり使えるようになっていた。



「よう、兄さん、風がお好きかい」


 砂漠を旅する商人のような姿で、すらりと背の高い精霊が声をかけてきた。


「まあ、好きだな」

「俺はな、幻影砂漠の夜風から生まれたんだぜ」


 精霊がハッサンに売り込んでくる。


「あんたも砂漠の生まれだろ」

「俺は港町の生まれだよ」

「へえー?そうかい?砂と風の気配がするけどな」


 夜風の精霊は、人差し指を伸ばしてハッサンの額に触れる。青白い光が灯って消えた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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