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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第三章 幻影半島
111/311

111 ハッサンは墓参りをする

 ハッサンが剣士の腕を買い叩かれているらしいと解り、ヤラが呆れる。


「兄ちゃん、お人好しで足元見られてんじゃない?」

「どうかなぁ」

「しゃんとしないと、パリサに怒られるわよ」

「ええー」


 恋人のパリサには、そろそろ結婚を申し込みたいハッサンである。愛想を尽かされたら困るので、ちょっと情けない表情を浮かべた。



「ハッサン、一緒に行けないの?」


 ケニスが残念そうに聞いた。


「いや、行くよ」

「兄ちゃん!」

「本当なら半年は家を空ける予定だったんだしな」

「お金どうすんの」

「元々、半年暮らす分は置いてったろ」

「そりゃまあ、そうだけど」


 ヤラはモゴモゴと不満そうだ。


「パリサは?どうすんの」

「どうもしねぇよ?」

「黙って置いてくの?」


 ヤラが眼を吊り上げる。


「置いてくもなにも。帰るのは半年先だったんだから」

「声くらいかけてくよね?」

「後で何か届けるさ」

「後でぇ?」


 ヤラの声が低くなる。


「ガキは余計なこと心配すんな」

「嫌われても知らないから」

「俺たちには俺たちのやり方があんのさ」


 ヤラにはまだ分からない、信頼で結ばれたカップルのやり取りがあるのだ。



「だいち、こんな時間に声かけたら怒られるって」


 パリサは食堂を経営している。食材の仕入れには朝一番で出かけてゆく。夜は早く寝るのだ。ヤラは言い返したいが何も思い付けずに、荒々しく仕切り布の奥へと入ってしまった。


「じゃあな、留守番気をつけてな」


 ほっそりとした少女の背中に、ハッサンが声をかける。


「もう寝るからッ!」


 ヤラの怒った声が、天井から下がった布の向こうから聞こえる。ハッサンは眉尻を下げて肩をすくめた。


「仕方ねぇな。さ、行くか」

「ヤラ、またいつかね!」


 ケニスも去り際に声をかける。


「あの甘い果物、美味しかったわよ」


 カーラもお礼を告げてゆく。カーラは精霊の力で、この家にはもう戻って来ないと分かっていた。口には出さなかったが、カーラの様子でオルデンとケニスもなんとなく察していた。ハッサンだけは呑気に構えていたので、わざわざヤラを呼び戻すことはしなかった。




 町を砂漠方面に進むと、共同墓地があった。アルムヒートの庶民が死後葬られる場所である。特に囲いはなく、あちこちに色のついた丸い石が置かれている。古いものは色褪せてしまっているが、色は模様になっていて、誰の墓だか見分けがつくようになっている。


「ちょっと寄っていいか」


 ハッサンが墓地で足を止めた。


「ああ、もちろん」


 オルデンたちには親がいない。ケニスは墓場というものも知らない。カーラには知識だけあるようだ。オルデンは町で暮らしたことがあるので、どんなものなのかは知っている。



 墓地をしばらく行くと、ふたつ仲良く並んだ丸い石があった。曲刀とコップを並べた絵が、それぞれに描いてあった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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