111 ハッサンは墓参りをする
ハッサンが剣士の腕を買い叩かれているらしいと解り、ヤラが呆れる。
「兄ちゃん、お人好しで足元見られてんじゃない?」
「どうかなぁ」
「しゃんとしないと、パリサに怒られるわよ」
「ええー」
恋人のパリサには、そろそろ結婚を申し込みたいハッサンである。愛想を尽かされたら困るので、ちょっと情けない表情を浮かべた。
「ハッサン、一緒に行けないの?」
ケニスが残念そうに聞いた。
「いや、行くよ」
「兄ちゃん!」
「本当なら半年は家を空ける予定だったんだしな」
「お金どうすんの」
「元々、半年暮らす分は置いてったろ」
「そりゃまあ、そうだけど」
ヤラはモゴモゴと不満そうだ。
「パリサは?どうすんの」
「どうもしねぇよ?」
「黙って置いてくの?」
ヤラが眼を吊り上げる。
「置いてくもなにも。帰るのは半年先だったんだから」
「声くらいかけてくよね?」
「後で何か届けるさ」
「後でぇ?」
ヤラの声が低くなる。
「ガキは余計なこと心配すんな」
「嫌われても知らないから」
「俺たちには俺たちのやり方があんのさ」
ヤラにはまだ分からない、信頼で結ばれたカップルのやり取りがあるのだ。
「だいち、こんな時間に声かけたら怒られるって」
パリサは食堂を経営している。食材の仕入れには朝一番で出かけてゆく。夜は早く寝るのだ。ヤラは言い返したいが何も思い付けずに、荒々しく仕切り布の奥へと入ってしまった。
「じゃあな、留守番気をつけてな」
ほっそりとした少女の背中に、ハッサンが声をかける。
「もう寝るからッ!」
ヤラの怒った声が、天井から下がった布の向こうから聞こえる。ハッサンは眉尻を下げて肩をすくめた。
「仕方ねぇな。さ、行くか」
「ヤラ、またいつかね!」
ケニスも去り際に声をかける。
「あの甘い果物、美味しかったわよ」
カーラもお礼を告げてゆく。カーラは精霊の力で、この家にはもう戻って来ないと分かっていた。口には出さなかったが、カーラの様子でオルデンとケニスもなんとなく察していた。ハッサンだけは呑気に構えていたので、わざわざヤラを呼び戻すことはしなかった。
町を砂漠方面に進むと、共同墓地があった。アルムヒートの庶民が死後葬られる場所である。特に囲いはなく、あちこちに色のついた丸い石が置かれている。古いものは色褪せてしまっているが、色は模様になっていて、誰の墓だか見分けがつくようになっている。
「ちょっと寄っていいか」
ハッサンが墓地で足を止めた。
「ああ、もちろん」
オルデンたちには親がいない。ケニスは墓場というものも知らない。カーラには知識だけあるようだ。オルデンは町で暮らしたことがあるので、どんなものなのかは知っている。
墓地をしばらく行くと、ふたつ仲良く並んだ丸い石があった。曲刀とコップを並べた絵が、それぞれに描いてあった。
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