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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第三章 幻影半島
108/311

108 砂漠の輝石

 熱砂の精霊は、海を見たことがないという。


「砂の替わりに塩水が、何処までも続いているんだろ?」

「そんな感じだな」

「マーレン大洋は、幻影砂漠の何倍も広いんだってなあ」

「幻影砂漠にゃ行ったことねぇから分からねぇ」

「ふうん。今から行くか?」

「夜だぞ?」

「砂漠じゃ夜に動くんだよ。人間は暑くて昼間だと動きにくいらしい」


 オルデンと熱砂の精霊は、すっかり打ち解けた。蛇はふと眼をすがめると、ぺっと何かを吐き出した。


「輝石か?」

「砂漠じゃ色石(いろいし)って呼ぶ」



 テーブルの上には、オルデンの眼のような焦茶色をした小石が載っていた。普通の石よりは透明である。精霊大陸で採れる輝石に比べればかなり見劣りする。それでも、道端の小石よりは遥かに美しく輝いていた。


「綺麗」


 ヤラが眼を輝かせる。


「オルデンにやる」


 お近づきの印なのだ。精霊は輝石が好きである。


「デンの色だね」

「蛇、やるわね」


 不安そうに成り行きを見守っていたケニスが、パッと明るい顔になる。カーラにも笑顔が戻った。



「焦茶が好きか?」


 オルデンはポケットからいくつかの輝石を取り出した。オルデンが寝ぐらにしていた洞窟から持ってきたのである。そこは、昔ジャイルズが立ち寄り、デロンが生活した場所だ。エステンデルス平原を流れる川から、ジャイルズたちが拾った輝石なのだろう。


「ええっ、なんだこれ、色石なのか?」


 熱砂の蛇は、目の前に並べられた透明な輝石に眼を見張る。大きさも色合いも、幻影砂漠の色石よりも格段に良い。美しい琥珀色、飴色、枯れ葉の色、肥沃な大地の色。少しずつ違う茶色の輝石が並ぶ。


「俺たちは輝石って言うな。ほれ、好きなのひとつ選べ」


 オルデンは、指先で石を押す。


「いいのか?」


 砂蛇が感激してしゅるりと伸びる。


「もちろん。蛇も宝物くれたじゃねぇか」

「お前、いいやつだからよ」

「蛇もいいやつだな」

「よせやい」


 蛇の姿をした精霊は、照れ隠しに頭を輝石へと近づけた。ちょっと舐めてみたりしながら、丁寧に選ぶ。


「これがいい」


 決めたのは、琥珀色の平たい輝石だった。


「蛇の色だね」


 ケニスが言うと、精霊はちろりと舌を出し入れした。砂の体には、琥珀色の蛇の瞳が付いている。幻影砂漠から飛んできた砂は黄色っぽい。舌は体と同じ砂である。瞳だけが琥珀の色で透き通っていた。



「よし、そんじゃあ行くか」


 オルデンはデザートの器を片付けて、ケニスと砂の蛇を見た。


「いつでも良いぞ」


 蛇は伸びたり縮んだりしている。カーラは時々蛇をつつく。いつのまにやら仲良くなったようだ。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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