108 砂漠の輝石
熱砂の精霊は、海を見たことがないという。
「砂の替わりに塩水が、何処までも続いているんだろ?」
「そんな感じだな」
「マーレン大洋は、幻影砂漠の何倍も広いんだってなあ」
「幻影砂漠にゃ行ったことねぇから分からねぇ」
「ふうん。今から行くか?」
「夜だぞ?」
「砂漠じゃ夜に動くんだよ。人間は暑くて昼間だと動きにくいらしい」
オルデンと熱砂の精霊は、すっかり打ち解けた。蛇はふと眼をすがめると、ぺっと何かを吐き出した。
「輝石か?」
「砂漠じゃ色石って呼ぶ」
テーブルの上には、オルデンの眼のような焦茶色をした小石が載っていた。普通の石よりは透明である。精霊大陸で採れる輝石に比べればかなり見劣りする。それでも、道端の小石よりは遥かに美しく輝いていた。
「綺麗」
ヤラが眼を輝かせる。
「オルデンにやる」
お近づきの印なのだ。精霊は輝石が好きである。
「デンの色だね」
「蛇、やるわね」
不安そうに成り行きを見守っていたケニスが、パッと明るい顔になる。カーラにも笑顔が戻った。
「焦茶が好きか?」
オルデンはポケットからいくつかの輝石を取り出した。オルデンが寝ぐらにしていた洞窟から持ってきたのである。そこは、昔ジャイルズが立ち寄り、デロンが生活した場所だ。エステンデルス平原を流れる川から、ジャイルズたちが拾った輝石なのだろう。
「ええっ、なんだこれ、色石なのか?」
熱砂の蛇は、目の前に並べられた透明な輝石に眼を見張る。大きさも色合いも、幻影砂漠の色石よりも格段に良い。美しい琥珀色、飴色、枯れ葉の色、肥沃な大地の色。少しずつ違う茶色の輝石が並ぶ。
「俺たちは輝石って言うな。ほれ、好きなのひとつ選べ」
オルデンは、指先で石を押す。
「いいのか?」
砂蛇が感激してしゅるりと伸びる。
「もちろん。蛇も宝物くれたじゃねぇか」
「お前、いいやつだからよ」
「蛇もいいやつだな」
「よせやい」
蛇の姿をした精霊は、照れ隠しに頭を輝石へと近づけた。ちょっと舐めてみたりしながら、丁寧に選ぶ。
「これがいい」
決めたのは、琥珀色の平たい輝石だった。
「蛇の色だね」
ケニスが言うと、精霊はちろりと舌を出し入れした。砂の体には、琥珀色の蛇の瞳が付いている。幻影砂漠から飛んできた砂は黄色っぽい。舌は体と同じ砂である。瞳だけが琥珀の色で透き通っていた。
「よし、そんじゃあ行くか」
オルデンはデザートの器を片付けて、ケニスと砂の蛇を見た。
「いつでも良いぞ」
蛇は伸びたり縮んだりしている。カーラは時々蛇をつつく。いつのまにやら仲良くなったようだ。
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