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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第三章 幻影半島
107/311

107 熱砂の蛇と海

 バチバチと虹色に光る火の粉を飛ばすカーラを、オルデンが慌てて止める。


「こらカーラ。気をつけろよ」


 枯草の精霊は、ハッサンとヤラには見えない。言い合う様子は、カーラの独り言に聞こえる。そして、火花である。火花には実体があるので、兄妹にも見えた。


「ハッサンたちだから良いけどな?怪しまれるぞ」

「わかったわよ」


 カーラは枯草の精霊を睨みつけながら、火花を引っ込めた。



「おい、テーブル焦げたぞ」

「あっデンの言う通りだ。ハッサン師匠ごめんなさい」

「悪かったわよ」

「カーラ、ちゃんと謝れ」

「う、ごめんなさい」


 素朴な木のテーブルには、ポツポツと茶色い小さな水玉模様がついてしまった。ヤラはクスクスと笑い出した。


「素敵になったじゃない?」

「そうだな。なかなかいい」


 能天気な兄妹は、模様がついて喜んだ。ヤラの足元に這い寄った砂の蛇は、一旦崩れて砂になると、小さな竜巻になってテーブルの上に移動した。


「あっ、ダメだよ、蛇。テーブルが汚れちゃうぜ」


 ケニスはお兄さんぶって熱砂の蛇を叱った。蛇はすぐに形を取り戻し、水玉の焦げ目を愉快そうに眺めた。



「良いな」


 蛇は、ミミズのような大きさに似合わず、しわがれた老人のような声を出す。


「うん、けっこういいかも」


 蛇の竜巻に便乗した枯草の精霊が、細長い手足をひらひらさせて喜んだ。この精霊は人に似た姿をしている。細い草の葉を束ねたような胴体から、手足はそれぞれ一本の枯草が伸びている。


 顔は枯草を丸めたような形で、目鼻も耳もない。くちもないのだが、精霊なので話が出来る。声はケニスたちくらいの少年を思わせる。



「お前たち、何処から来たんだ」


 機嫌を良くした熱砂の精霊は、オルデンたちに話しかけてきた。


「海の向こうにある森からだ」

「マーレン大洋を渡って来たのか」


 蛇は驚いて伸び上がる。


「驚くことねぇだろ。アルムヒートの港にゃマーレニカから船がたくさん渡って来るじゃねぇか」


 オルデンが呆れて蛇に言う。


「ミナト?」

「へ?蛇、お前ぇ海は知ってんのに港知らねぇのか」

「知らない」

「船は知ってるか?」

「知らない」

「海は見たことあんだろ?」

「ない」

「えっ?」

「地下水の精霊に聞いた」

「あー、そっか」


 風と水の精霊は、自由に動き回る。カガリビのような火の精霊は、火がある所にはおおむね移動できる。光や影の精霊も同じだ。


 だがそれ以外の精霊たちは、生まれた場所から離れる時には風や水に運んでもらう。熱砂の蛇も、砂漠を吹く風にここまで連れてきて貰ったようだ。

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