107 熱砂の蛇と海
バチバチと虹色に光る火の粉を飛ばすカーラを、オルデンが慌てて止める。
「こらカーラ。気をつけろよ」
枯草の精霊は、ハッサンとヤラには見えない。言い合う様子は、カーラの独り言に聞こえる。そして、火花である。火花には実体があるので、兄妹にも見えた。
「ハッサンたちだから良いけどな?怪しまれるぞ」
「わかったわよ」
カーラは枯草の精霊を睨みつけながら、火花を引っ込めた。
「おい、テーブル焦げたぞ」
「あっデンの言う通りだ。ハッサン師匠ごめんなさい」
「悪かったわよ」
「カーラ、ちゃんと謝れ」
「う、ごめんなさい」
素朴な木のテーブルには、ポツポツと茶色い小さな水玉模様がついてしまった。ヤラはクスクスと笑い出した。
「素敵になったじゃない?」
「そうだな。なかなかいい」
能天気な兄妹は、模様がついて喜んだ。ヤラの足元に這い寄った砂の蛇は、一旦崩れて砂になると、小さな竜巻になってテーブルの上に移動した。
「あっ、ダメだよ、蛇。テーブルが汚れちゃうぜ」
ケニスはお兄さんぶって熱砂の蛇を叱った。蛇はすぐに形を取り戻し、水玉の焦げ目を愉快そうに眺めた。
「良いな」
蛇は、ミミズのような大きさに似合わず、しわがれた老人のような声を出す。
「うん、けっこういいかも」
蛇の竜巻に便乗した枯草の精霊が、細長い手足をひらひらさせて喜んだ。この精霊は人に似た姿をしている。細い草の葉を束ねたような胴体から、手足はそれぞれ一本の枯草が伸びている。
顔は枯草を丸めたような形で、目鼻も耳もない。くちもないのだが、精霊なので話が出来る。声はケニスたちくらいの少年を思わせる。
「お前たち、何処から来たんだ」
機嫌を良くした熱砂の精霊は、オルデンたちに話しかけてきた。
「海の向こうにある森からだ」
「マーレン大洋を渡って来たのか」
蛇は驚いて伸び上がる。
「驚くことねぇだろ。アルムヒートの港にゃマーレニカから船がたくさん渡って来るじゃねぇか」
オルデンが呆れて蛇に言う。
「ミナト?」
「へ?蛇、お前ぇ海は知ってんのに港知らねぇのか」
「知らない」
「船は知ってるか?」
「知らない」
「海は見たことあんだろ?」
「ない」
「えっ?」
「地下水の精霊に聞いた」
「あー、そっか」
風と水の精霊は、自由に動き回る。カガリビのような火の精霊は、火がある所にはおおむね移動できる。光や影の精霊も同じだ。
だがそれ以外の精霊たちは、生まれた場所から離れる時には風や水に運んでもらう。熱砂の蛇も、砂漠を吹く風にここまで連れてきて貰ったようだ。




