106 余所者
鎌首をもたげて威嚇する細いミミズみたいな砂の蛇に、ケニスは思わず笑い声をたてた。すると蛇は砂を飛ばしてくる。カワナミが砂に水滴を飛ばした。水はじゅっと音を立てて蒸発してしまった。
「ちょっと、火傷するじゃないの」
「そうだよ。危ねぇ」
カーラとケニスが抗議する。
「アハハ!蛇、何を怒っているのさ?」
カワナミがいつものように空中で笑い転げる。
「熱砂の蛇、お前さん喋れねぇのか?」
オルデンは床にしゃがんで親切に聞いてやる。熱砂の蛇はしばらくはゆらゆらと威嚇していたが、やがて不貞腐れたようにトグロを巻いた。
「ほんとに話せないのかしら?」
「よそものが嫌いなんだろ」
ケニスとカーラはデザートに手をつける。ココナッツミルクを固めたとても甘い食べ物だ。ケニスは目を丸くして動きを止めた。カーラは一瞬顔をしかめる。幻影半島は非常に暑い。人々は疲れるので甘いものや味の濃いものを好む。
ケニスとカーラは森の果物しか甘いものを知らない。味付けと言えば地底湖の煌塩くらい。辛みは森の植物にもあるが、アルムヒートの町で使われているような刺激の強い食べ物には慣れていなかった。
「倉庫の連中と同じさ」
「やあねぇ」
倉庫の子供たちもケニスたちを警戒していた。昼食時に一塊になっていても、余所者と呼んだり無視したりする。アルムヒートはさまざまな国の人々が行き交う港町だ。しかし、港や店を訪れる商人たちはお客さんである。住むとなると話は違う。
「お前さん、仲間はいるのかい」
オルデンが砂の蛇に優しく話しかける。蛇はちらりとオルデンを見る。
「ここまでは風に運んで貰ったのかよ?」
蛇は砂の舌をチラチラと出し入れして、なおも様子を伺っている。根気よく話しかけるオルデンの周りに精霊が集まってきた。ここ幻影半島には精霊が少ないので国境の森にいた時ほどではないが、それなりの数がいる。
「恥ずかしいんだろ」
「智慧の子に攻撃すんなよ」
「イーリスの子供たちってなあに?」
「蛇、何しに来たの?」
「変な奴等だもんなぁ、俺だって最初は嫌だった」
それを聞いて、カーラがキッと眼を吊り上げた。
「ちょっと。変な奴等って言ったわね?」
「変だろ?」
床に落ちていた枯草の精霊が言った。
「変じゃないわよ」
「お前、普通の精霊じゃねぇし」
「うるさいわね」
「そっちの小僧も人が混じってやがるし」
「ケニスは凄いんだから」
「親爺は人間の癖に殆ど精霊だし」
「オルデンは智慧の子ですもの」
「お前ら、完全な精霊でも完全な人間でもねぇだろ」
「素敵でしょ」
カーラは怒って虹色の火花を飛ばした。
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