105 熱砂の精霊
半開きの扉の外で、オルデンとカワナミが食器を洗っている。ケニスはその様子を見て、ヤラに水の精霊と交流があるかを聞いてみた。
「見えるのは熱砂の精霊だけよ」
「そっかあ」
「水の精霊と仲良ければ、洗い物もお料理も楽ちんなのに」
カーラも話に加わった。
「そうよねぇ。兄ちゃんも風だけだし、そんなに便利じゃないかもね」
ヤラが朗らかに笑うと、足元から砂埃が舞い上がった。
「あっ、こら、ごめんて。デザートに砂が入るからやめて」
ケニスとハッサンは慌ててデザートの器を手で覆う。カーラは熱砂の精霊に気を取られて、自分のデザートは見ていなかった。
「カーラ、砂が入っちゃう」
ケニスは空いている手で、カーラの器も覆った。
「ありがとう、ケニー」
はっと振り返って、カーラが薄く頬を染めた。
本来ならデロンの籠に住む、契約精霊であるカーラ。古代の職人デロンが作った魔法の道具に、契約によって精霊が力の一部を貸し出す。道具の使用目的と精霊の力が合わさって、使用効果が格段に上がるのだ。
契約精霊は、道具の効果と精霊の力が混ざり合って出来た存在である。契約が終わったら本体に戻るので消えてしまう。道具が壊れても同じだ。その時には、力の一部を失った本体が暴走するので危険である。
オルデンたちが暮らしていた国境の森では、滝壺の精霊がデロンに力を貸したことがある。扇のような道具に、夏の間だけ力の一部を閉じ込めた。その道具で仰ぐと霧が発生して涼しいのである。
カーラは特殊な個体だ。本体であるイーリスが消滅してしまったので、本体の役割も残している。契約精霊が消えると本体が暴走するのに、本体が消えたら、契約精霊が謂わば子供のような立ち位置で残った。
カーラは道具から飛び出して顕現まで出来る。それでも、生まれた理由以外には通常興味を示さない。
「カーラ、熱砂の精霊、気になる?」
「ええ。あの子は『イーリスの子供たちが幸せになるほう』にいるわ」
「ほんと?お話した方がいいかな」
「そうね。後で話を聞いてみましょうよ」
「うん。デンが戻ったら相談しよう」
小声で相談するうちに、オルデンが戻ってきた。カワナミもオルデンの周りをうろうろしている。風や火の精霊にも協力して貰い、食器は乾かされて棚に収まった。
「なんだ?ケニー、何か言いたそうだな」
「うん。ヤラの友達に熱砂の精霊ってひとがいてさ」
「イーリスの子供たちを幸せにする鍵みたいなの」
オルデンが口を開く前に、床に落ちていた砂が蛇の形をとって鎌首をもたげた。掃除済みの部屋である。砂は少なく、蛇の姿は細いミミズ程度であった。
お読みくださりありがとうございます
続きます




