102 ハッサンの両親
夕方になって、ハッサンの家に3人は戻った。倉庫の仕事は日払いなので、その日の稼ぎを僅かばかり懐にして帰る。
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい」
「ヤラ、今日も早ぇな」
家には、ハッサンの妹ヤラが待っていた。ヤラはその日の分を運び終わり次第、自由の身なのだという。砂牛は商人の物なので、世話する人に返してきた。皆が帰る前に夕飯まで用意している。オルデンが感心すると、ヤラは兄とお揃いの青い目を煌めかせて胸を張る。
「午後早くに帰れたわ」
「やるわね、ヤラ」
「ふふーん」
砂牛は、蹄の裏にまでゴワゴワの短い毛が生えている。肉は硬くて食用には向かない。毛皮は熱に強いので、幻影砂漠を超えて岩雪大山脈まで旅する商人たちは重宝している。性格は大人しく粘り強いが、頑固なので牛飼いには熟練の技が必要だ。
「ヤラはその年で隊列を率いて凄いんだね」
「凄いでしょ、ケニー」
得意そうに顎を上げると、緑色の布から緩やかにうねる癖毛がはみ出した。艶々として、夜のように黒い。浅黒い肌に映えて、少女らしい生命力を見せる。
「よう。揃ってんな」
ハッサンも、武器屋の店番兼用心棒という仕事を終えて帰ってきた。
「兄ちゃん、ごはん出来てるよ」
「おう、悪ぃな」
「最近いつも兄ちゃん作ってくれたし、ケニーたちも魚や貝を獲ってきてくれるし」
「こっちは居候代だし、ケニーが練習にいくついでだから、気にしなくていいのに」
ハッサンとヤラたち2人の父は、隊商の護衛だったという。アルムヒート港の西にある幻影砂漠を行き来していた。ある時、途中にあるオアシスの国に、好戦的なカルドゥン帝国が高く聳える岩山の峰々を越えて攻めてきた。
隊商がアルムヒートから到着した時には、既に占領軍がその地を治めていた。隊商のリーダーがオアシスの新しい領主に通商の挨拶をしに行くと、護衛は宮殿の外で待たされたと言う。ハラハラしながら待っているところへ、1人の下女がコッソリ水を運んでくれた。
「それが母ちゃんだ」
「母ちゃんは茶色に近い暗い金髪で、青い目だったのよ」
「ハッサンみたいに?」
「そうだ」
「目は2人とも母ちゃん似なの?」
「母ちゃん似だな。父ちゃんは髪も目も黒いマァ王国人だ」
港町アルムヒートは、マァ王国の首都である。港町の外は|西に幻影砂漠、東に風荒原と呼ばれる岩の多い荒地が広がっていた。風荒原には羊飼いが住んでいた。その更に向こうには、ガーバ大森林と呼ばれる森林地帯がある。そこから切り出した木は川を利用して、アルムヒート港の町外れにある造船所に運ばれる。
「母ちゃんは戦士じゃないから殺されなかったし、踊り子や楽師でもないから、新しい領主や帝国の皇帝に献上もされなかったんだ」
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