101 異国の港町で暮らす
人当たりの良いハッサンの口利きで、オルデンとケニスは港の倉庫で荷運びの仕事を貰った。この国では10歳ともなれば、一人前に働いている。カーラは倉庫の掃除をさせて貰えることになった。
「ケニー、カーラ!甘い実をあげるわ」
「友達、ありがとう」
「見た目はシワシワなのに、とても美味しいわね」
「でしょ?」
「色もなんだか黒っぽいけど、香りもいいよね」
「うんうん、そうだよね」
「ごちそうさま、ヤラ」
「お粗末さまー」
カーラがにっこり笑うと、ヤラは褐色の顔に白い歯を煌めかせてニッとする。青い瞳は兄のハッサンとお揃いである。緑色の布ですっかり覆っているので、髪の色は分からない。
お昼の時間になると、倉庫で働く子供たちは港の片隅に集まる。ヤラはケニスたちより少しお姉さんだ。短く黒いゴワゴワの毛をした砂牛を引いて、倉庫と市場を行き来する。他に13、4の女の子が砂牛を引く姿は見かけない。
ヤラも精霊が見えるので、その手助けで一列の砂牛を従えてひとりで荷物を商人の店へと運ぶのだ。今の季節は、船がみなマーレニカへ向かっている。稀に大商会の魔法船が季節に関わらず寄港することもある。精霊大陸から来た革製品を受け取って、ヤラは手際良く砂牛たちの背に積んでゆく。
「気をつけてね」
「また来週ねー」
荷物を積み終わると、ヤラは倉庫の子供たちに手を振って去ってゆく。
港町アルムヒートのある幻影半島には、魔法が少ない。精霊を見られる人は昔からほとんどいない。そもそも精霊が少ないのである。これは、この半島で採れる輝石が不透明な上に小さいからだ。精霊たちの興味をひく物が無いのである。
「デン、魔法使っちゃダメ?」
ケニスは小さな声で聞く。
「身体作っとくのも後々良いかも知れねぇぞ」
「そうかな」
「ノルデネリエに乗り込む時にゃ、魔法を封じられることだってあるだろ」
「うん、確かにそうだ」
「ヤラは精霊に助けて貰ってるわ」
掃除をしながら近寄ってきたカーラが不満そうに言った。
「俺たちだって、言葉の助けはして貰ってるだろ」
オルデンは諭すように言う。
「それだけじゃ」
カーラは口を尖らせる。
「万が一ってことがあんだろ。あんま目立つな」
「けどデン、大丈夫かな。他の人たちは精霊に言葉を助けて貰ってねぇぞ」
「俺たちは精霊大陸から来たし、一種類の精霊たちくらいなら、仲良くしても怪しまれねぇさ」
3人の言葉は、精霊の力でどんな国の人にも伝わる。そしてすべての言葉が、やはり精霊の力で理解できる。文字も読めるが、怪しまれないように黙っている。海の向こうにある精霊大陸でも、ここ幻影半島でも、普通の文字であっても読める者は身分が高い一握りの人間たちだ。
「不便だよねぇ」
「そうよ。ねえ、幻影半島に森はないの?」
「聞いてみるか」
「そうだよ。ハッサンと俺たちと、森で暮らそう」
「パリサはどうするの?」
「今夜話してみるか」
「デン、そうしようよ」
「それがいいわね」
精霊剣の扱いを習う約束もある。今のところは朝晩岩の海岸で練習している。だが、日中はヴォーラをハッサンの家に預けて働きに出ているのだ。もっと練習したいし、ヴォーラから離れるのも不安だ。どのみち何か対策を考えなければならなかった。
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続きます




