100 港町アルムヒート
建物の裏手にある木の扉から、縮れた黒髪の女性が顔を出した。鮮やかな色合いの布を頭に巻いて、ゆったりとした服を着た年若い女性だ。
「パリサ!会いたかった」
「ちょっとハッサン?船の護衛じゃなかったの?」
満面の笑みで抱きついてくるハッサンに、パリサは苦い顔をする。
「事情があんだよ。とにかく入れてくれよ」
「何よ、事情って」
パリサは疑わしそうにハッサンを見る。
「ほらみんな。入ろうぜ」
ハッサンが後ろにいるオルデンと子供たちに声をかけると、パリサはじろじろと観察しながらも道をあける。4人が扉の中に入ると、そこは狭い倉庫になっていた。倉庫の向こうに調理場が見える。
「夕飯時にはまだ早いけど、何しに来たのさ」
「パリサ、会いたくなかったの?」
「そりゃ会いたかったけど」
「だろー?」
ハッサンはパリサに抱きついて、唇に軽く挨拶のキスをする。パリサは仕方がないという表情で受け流す。
「それより、そちらさんは?」
「あ、成り行きで剣を教えることになったケニーと」
ハッサンはケニスの肩をぽんと叩く。ケニスはペコリと挨拶をした。パリサは浅く頷く。
「そのガールフレンドのカーラ」
「あらまあ、そうなの?」
「ふふっ」
カーラは嬉しそうに笑った。ケニーは繋いでいた手を照れ臭そうに前後に振った。
「あとオルデンな」
オルデンはぺこりとツルツルの頭を下げた。
「精霊大陸から来たからさ、知り合いもいねぇんだ」
一行は調理場を抜けて、中閉め中の誰もいない店内に座る。
「へーえ」
「こっちで落ち着くまで、働かしちゃあくれねぇかな?」
「そんな余裕は」
「何かしら仕事見つけるまでさ、食堂手伝うかわりに飯食わしてやってよ」
「3人もじゃねぇ」
「寝床は俺んちでいいし、何日かでいいからさぁ」
パリサは渋る。貧乏ではないが、見知らぬ異邦人に食事を恵むほど豊かでもない。
「自分でなんとかしてみるよ」
パリサの困った様子を見て、オルデンが助け舟を出す。
「まずは町の様子を見に行きたいんだが」
パリサの安堵を確かめてから、オルデンはハッサンに話してみた。
「うん、じゃあ町をみながら俺んち行くか」
「泊めてくれんのかい」
「おう。狭いけどな」
「ありがとう、ハッサン」
「お世話になるわね」
「ガキが遠慮すんな」
ハッサンが明るく笑うと、パリサがその頬にキスをした。
「ハッサン、かっこいいよ」
「へへっ」
ハッサンはパリサのほうへと身を屈めてまたキスをした。
早々に屋外へ戻る。ごちゃごちゃとした表通りには、山盛りのパンを乗せた籠を頭上に持ち上げている人や、木の桶に食べ物を詰めて運ぶ人が歩いている。立ち並ぶ店や露天商では、買い物客が品物を選んでいた。裸足の子供たちが大人の間をすり抜けてゆく。犬や猫はその足元を縫って走る。
「この辺は町の端っこだからな。港の方へ行ってみようぜ」
「港なら荷運びや掃除の仕事がありそうだな」
「運がよけりゃな」
「とにかく行ってみるさ」
「ついてきなよ」
「うん、お願い」
「楽しみだわ」
ケニスとカーラは森から出たばかりなのに、もう人混みに順応した。ぶつかることなく、すいすいと人の間を泳ぎ渡っていた。
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