1 森の捨て子
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狼が哭いている。月の無い夜の森の奥。ボロを着た泥棒がひとり、木の上に潜んでいた。そこへ、茶色い毛織の粗末なマントに身を包んだ人間がやってきた。小さなカンテラを手におぼつかない足取りで森の奥へ入ってきたのだ。
良い獲物が来た、と泥棒はほくそ笑む。マントの人が乱暴な動作で屈む。無防備な背中を向けている。懐から取り出したナイフを構えて、泥棒が枝から飛び降りようとしたその時。真っ暗な森の木々に、赤ん坊の泣き声がこだました。
泥棒は大枝の上で様子を見ている。カンテラの弱い灯りに一瞬照らし出された木の根元に、なにか包みのようなものが下ろされた。泣き声はその包みからしているようだ。
この森は四つの国に囲まれており、国境の中立地帯となっている。時折通る旅人たちを、泥棒は襲って生活の糧を得ていた。
東の武国エステンデルスと北の魔法国ノルデネリエは建国以来睨み合っており、互いに森を超えて攻め入る隙を窺っていた。西には森から続く山がある。山向こうに海辺の辺境国マーレニカ海洋王国があった。
マーレニカは穏やかな漁師の村であった。だが現国王ホエリウスが即位すると海運にも乗り出し、めきめきと頭角を表してきた。南の大地は砂で覆われ、この地に表立った国はない。僅かに人が住むようだが、その暮らしは秘められている。
そんな森の真夜中に赤ん坊が捨てられている。地面に下ろされるまでは大人しく寝ていた。狼の遠吠えにも起きなかった幼な子が、土の冷たさに驚いたのか、或いは木の根の硬さが嫌だったのか。目を覚まして、火がついたように泣き喚く。
運んで来たマントの人は、舌打ちすら漏らさずに逃げ去ってゆく。深い森の黒々とした幹の間を、カンテラの弱々しい火が縫って遠ざかる。すっかり灯が見えなくなると、泥棒は大枝から飛び降りた。
「てぇしたぼんだぜ。そんなちっせぇナリでもう獣よけの魔法が使えんのかよお」
ボロを着た泥棒は、呆れと好意を混ぜたような声で呟く。どうやら赤ん坊の泣き声には、森の獣を寄せ付けない特別な力が込められているようだ。
泥棒はしばらく赤ん坊を見下ろしていた。一向に泣き止まない赤ん坊に、やがて大きな溜息を吐く。
「仕方ねぇなあ」
泥棒は赤ん坊を抱きあげると、がさがさと落ち葉を踏みながら寝ぐらへと帰ってゆく。運ばれて行くうちに、赤ん坊は静かになった。それでも魔法の効果は残っていて、獣たちは寄ってこなかった。
木々を分けて沢にほど近い洞窟に入ると、男は焚き火を掻き起こす。
「なっ!おめぇ……」
顔にかかっていた布を取り除くと、美しい虹色の目をした緑色の髪の乳飲み子が現れた。その額には火焔を表す古代精霊文字が刻まれている。




