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深さと重さと  作者: 遠野義陰
第五章
49/55

Heading for spring interlude 04 『Two Hurt』

1


 

「あ、そうだ。銭湯行こう」

 登校日の種々も午前中で終了して、お昼をどうしようか、などと二人で相談しながら歩いていると、突然怜がそう思いついて、猫背気味だった背筋をぴんと伸ばした。

「銭湯?」私は首を傾げた。

「食堂もあるから、そこでお昼も食べよう。ね、いいでしょ?」

「いいけど、着替えは?」

 着の身着のまま銭湯へ入って、同じ物を身につけて出てくるというのは抵抗がある。せめて下着くらいは換えたい。

「あー、そっか」

 突然の思いつきである。どうやら何も考えていなかったらしい。彼女は「どうしよう」などと困り顔で呟いてから、「じゃあ一端うちに帰ろう」と提案した。

「それから行くの?」

「うん」と彼女は頷いた。「どうせうちの近所だし」

「へえ、そうなの」

「知らない? ぽかぽかの湯って言う所なんだけど」

「どこかで看板は見かけたことがあるかもしれないわね」

 どこで見たのだろう。記憶を探る。けれど確かな物はみつからない。だというのに、なぜか私の頭の中には沸き立つ入道雲とセミの声が、鮮烈な日差しの白い光線とともに蘇っていた。 

「うちから徒歩十分くらいのところだから」怜は言った。

「本当に近所なのね」

「本当に近所。でも近すぎて逆に行く機会がないの。いつでも行けるし、また今度でも、って感じで」

「ああ、観光地に住んでる人があんまり名所に詳しくないのと一緒ね」

「多分」

 話しているうちにバス停に到着した。時刻表を見ると、まだ少し時間がある。

「そうちゃん、大丈夫かな」怜が空を見上げながら呟いた。

「急にどうしたの?」

「空、曇ってきてる」

 見上げると確かに、三人で歩いた通学路を照らしていたあの太陽の煌めきは鳴りを潜め、どんよりとした分厚い雲が、水に垂らした絵の具みたいに広がり始めていた。

 空を見上げる私たちの前にゆっくりとバスが滑り込んできた。空気の抜ける音がして、ドアが開いた。いつまでも不安げに空を見上げる怜の手を引いて、私はバスに乗り込んだ。

 少し時間をずらしたおかげで乗客の姿はほとんどなかった。これが一つ前のバスだったならば、同級生たちですし詰めになって窒息しそうになっていたところである。小柄な私に満員のバスや電車は本当に地獄だ。逃げ場がないし息苦しい。すこし前にうっかり東京のラッシュ時の電車に乗ってしまった時は途中で気分が悪くなって、目的地よりも遥か手前で一度降りて、しばらく休憩するハメになった。それ以来満員の公共交通機関が怖くなったのである。もし、加えて痴漢にでも遭っていたら向こう数年はバスにも電車にも乗れない体になっていただろう。

 私たちは前から三列目、通路右側の席に並んで座った。怜が窓側で、私が通路側だ。怜は相変わらずアンニュイな表情で、窓から見える曇天に思いを馳せていた。私は、彼女が上の空なのが、なんだか気にくわない感じがして、だから不意に興ったいたずら心に任せて、彼女の肩にもたれ掛かった。

 彼女はちら、とこちらに目をやってから、曇り空を観察する仕事を再開した。

「大げさよ。あなたは」私は言った。

「なんだか嫌な予感がするの」怜はまじめな顔で、空を見ていた。その目は風に吹かれる水面のように揺れている。いまにも溢れださんばかりのその水面は、長い睫に押しとどめられて、眦の輪郭を濃く縁取っている。

「痴情のもつれ」

 そう、思いついた言葉を呟いた途端に、なんだか私の方も胸の中がざわざわとどよめきだした。まるで嵐に吹かれた森の木々が、その枝葉を軋ませ、こすり合わせ、ぶつけ合うように、胸騒ぎは止めどなく広がり、気がつくと不安に駆られて怜の手を握っていた。そして一緒になって窓の外の曇り空を延々眺める羽目になった。

 バスを降りた私たちの足取りは重たかった。低く垂れ込めた雲に体を押しつけられている気分がした。それでも歩くことは歩いていたので、気がつけば彼女の家に到着していた。

 こんな気分になっていても銭湯に行くことに変更はないようで、彼女はそそくさと制服から着替え、替えの下着やら愛用のシャンプーやらを一式用意して「さくらも早く」などと促してきた。

 しかし私はすぐに行動出来なかった。怜に見とれていたからだ。彼女は、おおよその期待を裏切って、どこかのスポーツメーカーのジャージを着ていた。彼女が普段着で和装以外をしていることが珍しくて驚いたのと、ジャージが縁取る下半身のラインが普段の印象よりも肉感的で、私はうっかり見とれてしまった。

「なによまじまじと人のこと観察して」と怜は眉をひそめる。

「いえ、ごめんなさい。珍しかったものだから、つい」

「ああ、これ」と怜はジャージの袖を摘んで、「これね、そうちゃんのジャージ」

「へえ」

「そうちゃんがパジャマ代わりに着てるやつ。洗う前にこっそり洗濯機のなかからサルベージしといたの」

 襟を顔の前で合わせて、その匂いを堪能し、どうだ、と言わんばかりに憎たらしい笑顔を浮かべる彼女。私はそこにビンタを一発お見舞いしてやりたくなったが、ぐっとこらえて着替えの用意にとりかかった。

 一応もう一日やっかいになるつもりだったし、予備の着替えも持って来ていたので、その中から下着を用意して、ついでにセーラー服から普段着のパーカーとジーンズに着替えた。そして怜が待つ玄関へと向かった。

「地味」私の姿を見て彼女は開口一番、渋い顔をしてそう言った。

「目立つと厄介なのよ」私は言った。「それにジャージ姿の人に言われたくないわ」

「有名人気取り」彼女が言った。

「有名人なのよ」私は言った。

 怜はつーんと澄ました表情を作りながら、不機嫌そうに髪をいじっている。

「でも、さくらはさくらだもん」

 彼女が勝手に距離を感じて勝手に拗ねている。昨日も似た様なことがあったけれど、彼女は思ったよりも寂しがり屋さんであるらしい。そう言えばお母様もそのようなことを言っていた気がする。

「どこに居たって何をしてたって私は私よ」

 恨み辛みがあるし、恩義もある。けれどそれ以上に移ってしまった情がある。皮肉なことだけれども、宗平君のことがあってからの方が、怜とより親密になった気がする。そんなわけだから私は、むずかる子供をあやすみたいに彼女に気休めを言う。

 怜は沼から湧いて出たカッパでも見たような顔で、「……ふぇ?」などと間抜けな声を出した。

 彼女がそんな様子だから、言った私も恥ずかしくなってしまって、「それより早く、行くんでしょ?」なんてちょっと語気を強めてしまう。

「うん」と彼女は頷いた。

 外に出るとぽつりぽつりと雨が降り始めていた。

「降ってきた」あいにくの空模様。彼女はやっぱり、という表情で呟いた。

「天気予報通りよ」私は言った。

「さくらが珍しい事言うから」

「天気予報通りよ」繰り返した。

 怜は意に介した風もなく、一度玄関の中に戻った。顔だけ中につっこんで様子を見ると、土間の隅に置かれている傘立ての前で、なにやら真剣に悩んでいた。

「なんでもいいんじゃない?」私は言った。

「気分が大事なの。気分が」そう言ってから彼女は無造作に一本引き抜いた。それは大振りな、花柄の白い傘だった。かなり使い込まれている様で、柄の部分に小さなキズがいくつも入っていた。彼女はそれを持って外に出ると、勢いよく開いた。そして雨の中に一歩踏み出した。

「ほら、さくら。こっち来て」と彼女が私の手を引く。

「一本貸してくれればいいだけじゃない」私は言った。

「いいの」と怜は手を離そうとしない。もしかしてまださっきのやりとりが尾を引いているのかもしれない。傘を差すと、その下だけである意味世界が完結してしまう。だから例え一緒にいたとしてもそれはまるで船便を介して海の向こうの誰かとコミュニケーションをとっているような距離感を感じてしまうことがある。彼女はそれを嫌ったのかもしれない。

 躊躇していると、また不機嫌そうに髪をいじりだした。このままでは渋っているうちに彼女の髪が全て傷んでしまうかもしれない。妬ましさを感じるのもバカらしいくらいに艶やかできめ細かいその髪が損なわれてしまうのは惜しい。だから私は彼女の傘の下に入った。そうすると、「最初からそうすればいいのよ」なんて相変わらず不機嫌そうにしつつも、しかしほんの少しだけ頬がゆるんでいるのがわかって、私は今更ながらに彼女の愛らしさの一端に魅了された。本当に、同姓でもお構いなくどきどきさせられる。私は彼女に出会ったばかりの頃のことを、思い出していた。当時はまだ、彼女のずぼらだったり、だらしない所なんて知らなかったものだから、本当にキラキラと美しい佇まいに、いちいちドキドキさせられて、ちょっと手でも触れようものなら、恥じらい、跳ねるように胸元に引き戻してもじもじしたものだ。

 ほう、と息を吐く。

 卒業間近だからか、最近、よく昔のことを思い返しては郷愁のような物に思い耽っては、胸中に去来する寂寥に浸ることが増えていた。こんな風に彼女と、放課後の時間を過ごせる機会はもう殆ど残されていない。そう思うと余計に里心がついた旅人のような心持ちになって、いよいよ隣に仰ぐ横顔が愛おしく見えてくる。

「どうかした?」

 随分とまじまじ見つめてしまっていたようで、彼女はその視線に気がつくと不思議そうにそう訊ねた。

「なんでもないわよ」私は慌てて目をそらした。

 そう、と彼女は答えて、大きな溜息を吐いた。

 悲哀が混じった溜息だった。

 憂いに潤んだ瞳が揺れていた。

 雨足はそれほど強くはなかったけれど、雲は分厚く、お昼時にしては周囲が暗く感じる。それが彼女が言っていた嫌な予感なる不吉な言葉を思い起こさせて、暖房の電源を切ったかどうだったか思い出せない時のような落ち着かない感情が胸の中を縦横に走り回った。見れば怜も上の空である。

「そういえば」気持ちを紛らわせようと私は彼女に話しかけた。「卒業旅行、どうする?」

「あ、うん」上の空から急転直下で現実に急降下してきた彼女は間の抜けた返事の後に、「お肉」と言った。

「肉?」

「うん。和牛」

「いや、それだけじゃ判らないから」

「温泉と肉」急に表情をきりっとさせて彼女は言った。「それでお願い」

「なんで私に丸投げする前提なのよ」

「ほら、さくら。この前旅番組みたいなのにゲストで出てたでしょ?」

「そうだけど。ていうかあれ深夜に放送されてる奴なのに、よくチェックしてたわね」

 私がそう言うと彼女は「あれの後にアニメやるから」と科学者が事実を発表するように答えた。照れ隠しとかではなさそうだったのが、少し残念だった。

「美味しそうなお肉食べて、温泉入ってたでしょ?」と彼女は、そのオンエアの内容を思い出しているのか、心なしかうっとりした表情を浮かべていた。

「あそこ結構高いわよ?」

「いいじゃない。二人で行ける卒業旅行なんてこれが最後なんだし」

「学費のために貯金してるんでしょ?」

「それとこれとは別会計」怜はにんまりと笑った。「趣味のために貯めてるお金もあるから」

「まあいいわよ」

 本も売れていて、テレビにもそれなりに出させてもらっている。元来読書以外にまともな趣味を持たない人間だったので、どんどん貯金が増えているのだ。なので私は全くお金の心配がない。怜が大丈夫だと言うならあのちょっとお高い旅館でいいだろう。3月の終わり頃で調整しておこう。あんまり寒いのも嫌だし。

 なんて考えているうちに目的地に到着していた。

 大きな、日本家屋を模したような外観で、銭湯というよりは田舎のこぢんまりとした歴史博物館とでも言った方が通りがよさそうに思えた。

 ぽかぽかの湯、だなんて、ひねりがなさすぎて逆に印象に残る名前だなあ、と思っていると、頭の中で、何か魚の小骨みたいな記憶の断片が引っかかっている感じがして、私は思わず立ち止まってしまった。夏の、焼けたアスファルトの香りが脳裏をよぎる。不意のことだったので私は置き去りになって、霧雨をたっぷり体に浴びてしまった。怜が慌てて戻ってきて「急に立ち止まらないでよ」と窘めるように言った。

「ここ、来たことあるかもしれないわ」私は言った。

「そりゃ、あるでしょ」怜はあきれた風に言った。「それより早くなかはいろうよ。寒いし」

「ええ。ええ、そうね」私は頷いた。

 入り口で靴を脱いで、ロッカーに靴をしまう。鍵には番号が振られていて、中に入ってすぐの所にある券売機で買った入浴券と一緒にカウンタに持って行くと、脱衣所のロッカーの鍵と交換してもらえる。一通りの手順をこなしながら、やっぱり来たことがあるなあ、と実感しつつ、私は手早く服を脱いでロッカーに押し込んだ。タオルを手にし、怜がいる方へ振り向くと、彼女はもたもたと靴下を脱ぐのに悪戦苦闘していた。

 片足立ちになってふらふらしながら、体をくの字に曲げて、靴下を脱ごうとしている。彼女の隣でそそくさと着替えている七十歳は超えているであろう老婆の方がよっぽどしゃきっとしている。

「若いのに大変そうね」とその老婆が笑いかけると、怜は必死の形相で「はい」とだけ答えてようやく靴下を脱ぐことが出来た。

 その様子を、くすくす笑っていると怜は眉根を寄せて「なによ」と声のキィを低くして言った。

「別に?」素知らぬ風を装って私は言った。

 

 浴場に入ってまず目に飛び込んできたのは巨大な梁とそれを支えている柱だった。梁は男湯とのしきりになっている壁の向こうまで延びている。天井も高く、壁も板張りで上部が漆喰なのか、そんな風に見えるデザインの別の素材なのか。ともかく全体的に古民家を思わせる風情がある。床もタイルではなく畳のようなものが敷かれていた。

 入ってすぐのところに、かけ湯に使うお湯がためられたツボがあって、壁に掛けられている棚に手桶が置いてある。しかし私たちはそれには触れず、通り過ぎた。

 右側の視界が開け、洗い場が見えた。正面に延びる通路の右側には水風呂があって、その向かい側の扉はサウナ。水風呂の脇を抜けて行くと、右手に空けた空間が表れる。そこには高温風呂と低温風呂という二つの浴槽が並んで設置されていて、真っ白な湯気がゆらゆらと立ち上っている。そこから再び正面に目を転じると、扉がありその先は露天風呂である。打たせ湯だのツボ湯だの、あと寝ころんで湯に浸かれる浴槽だのがある。

 浴槽から沸き立つ湯気が、天井からつるされた照明の控えめな光を吸い込んで白く煙っている。その中で朧に白む光景には、はっきりと見覚えがあった。

 でもいつここに来たのだろうか。記憶がはっきりしていない。小骨みたいな違和感は、今度は歯に挟まった野菜か何かの繊維くらいまで存在感を大きくしているけれど、依然として正体が判明しない。ただ、夏だったことは間違いない。焼けるような日差しの下、蒸し風呂みたいな夏の熱気の中を、耳が焼けそうなくらいに喧しい蝉時雨に包まれながら歩いて来た。そんな風景がフラッシュバックして、もう少しで思い出せそうだったのだけれど、「なにぼーっとしてるの」と怜が言ったその言葉が、せっかく結び掛けた像を雲散霧消させてしまった。

 振り返ると洗い場と通路を仕切っている壁から顔だけ覗かせてこちらを見ていた。

 私は肩を竦めた。

 彼女は不思議そうに首をかしげた。

 洗い場に行くと、怜は髪を洗っていた。

 私は彼女の隣に腰を下ろした。栓はプッシュ式になっていて、一回押すと所定の時間シャワーや蛇口からお湯、ないし水が吐出される仕組みになっている。銭湯でよくある奴だ。怜はシャワーがとぎれるのが嫌なのか、定期的にかしゃかしゃ叩いてた。

 それにしても、髪を洗う怜のそのたたずまいはどこかギリシャの彫刻を思わせる神々しさがある。浴場の淡い照明の為でもあるのだろうけれども、肌も髪も艶めいていて、うつむき加減で頭を少し横に傾けて、髪にトリートメント馴染ませる仕草なんて、見ているだけで胸がどきどきしてくる。きっとうなじが見えているからだ。普段は身長差もあるから彼女のうなじが見えることなんてあんまりない。それがいま無防備にさらけ出されている。ごくりと生唾を飲んで、まじまじと見つめる。あそこに触れてみたら、どうなるのだろう。禁断の果実を前にした最初の人類みたいに私は手を伸ばす。けれどその指先が届く遥か手間で私はふと我に返った。自発的にそうした訳ではない。突然背中に水しぶきが飛んできたからである。背中合わせになっている反対側に陣取った小太りのおばさんが、乱暴にシャワーのお湯を方々にまき散らしていた。迷惑千万この上ないけれど、今回ばかりは助かった。昨日、勢い余って彼女にキスをしそうになってから、どうもおかしい。いや、でも、それにしたって怜はなんだか妙に色っぽいことがある。宗平君は、よくも長年耐えられたものだ。だからこそ反動で週四とか言う、若いにしても元気が有り余りすぎているペースで致してしまうのかもしれない。

 などと油断して考えてしまったがために、時々妄想する怜と宗平君と三人でいろいろ致してしまう脳内の情景が思い起こされて、私は邪念を振り払うべくシャワーを水にして頭から被って、その冷たさに心臓が止まりそうになった。




体を洗い終わった頃には心身ともにぐったり疲れ果てていた。我ながらバカだな、と思いながら隣を見ると怜はまだ髪を洗っていた。あれだけ長いと大変だな、と思いながら私はボディソープを手にとって泡立てて、その泡を両手で弄んだりしながら彼女を待った。

「先にお風呂入っててもいいわよ?」

 多少呆れたニュアンスの混じった声が聞こえて私ははっとして振り向いた。怜は苦笑を浮かべていた。

「あの、えっと」

 確かにそうだ。待つ必要なんてない。どうしよう。変だったかな。私は急に不安になってきて、手に着いた泡を流して、そこから動けなくなった。このまま先にお風呂に入るのも嫌だ。知らない人がいるから。

 狼狽える私を見て怜は、口元に手をやりながら、上品にくすくす笑った。

「さくらはやっぱりさくらだね」

 私は、かーっと顔が赤くなるのを感じながら「どうせ私は私よ」と拗ねた子供みたいなことを言って目を逸らした。

 怜は相変わらず笑っていた。バカにしている訳ではないことは判っている。どちらかといえば、それは好意的な笑い方だった。安心しているというか、楽しそうというか。いまだに時折、衣類に染み着いた残り香みたいに蘇ってくる、私を虐げていた連中が見せていたそれとはまったく違う物であることは確かだ。

 とはいえどうするか。悪意はないとはいえ、笑われるのは嫌だ。でも彼女から離れるのも嫌だ。我ながら我が儘な話である。ちら、と横目で隣をみる。ようやく髪を洗い終わった怜は洗面器でボディソープを泡立てていた。お米を研ぐみたいに、手を素早く動かして、ある程度泡が出来たら、今度はそれを、アライグマみたいに泡を揉んで、気がつくと洗面器の中がモコモコで満たされていた。

「それ、すごいわね」私は言った。

「すごいでしょ」と怜は泡を手のひらに載せて、得意げに鼻を鳴らした。「ちゃんと泡立てないとお肌に悪いもんね」

 その言葉に私は、う、と呻いた。泡立てた方が良いというのは百も承知なのだけれど、私は横着して、泡を纏ったタオルで結構ごしごし洗ってしまった。毎回お風呂上がりに首もととか背中がかゆくなるので、そのたびに反省するのだけれど、今日もやってしまった。

「さくらも肌綺麗なんだから、ちゃんとケアして保たないと」モコモコを手のひらで転がすように全身に広げながら怜は言う。とても説得力があった。

「あなた、なにもしてないようで、結構気を使っているのね」

「まあね。といっても、気にするようになったのは結構最近なんだけど」と怜は苦笑する。「もう高校も卒業でしょ? いままでは、なんていうか、十代のパワーでどうにでもなったけど、そのうち、それに頼ってたしわ寄せが来そうで怖くて」

「二十五過ぎた辺りから、とかって聞くものね」

「うん」と怜はうなずく。「私としては、曲がり角を過ぎても、そうちゃんに綺麗だねって言われたいから。年相応に老けたなあ、なんて思われたくないっていうか。やっぱり私って美人でしょ?」

「自分で言う?」

「事実でしょ?」

「まあそうだけど」

「だから相応に、期待に応えなきゃって思って。まあそれに、私自身もこの美貌が衰えるのが嫌だし」

「あなたってそんなにナルシストだったかしら?」

「ナルシストじゃないクリエイターなんていないわよー」と言って怜は私の顔をじっと見て、「さくらだってそうでしょ?」

「私は、」

「テレビに出て、普段見せないような可愛子ぶった表情見せてる女が、ナルシストじゃない訳ないでしょ?」

「ずばっと言うわね」

 言い方に険がある。怜はやっぱり、私がテレビにでていることが気にくわないのだろう。いや、そうではない。怜が腹に据えかねているのは、自分をほったらかしにして、私が芸能活動にうつつを抜かしていることなのだ。だからつまるところ、話は戻るけれど、寂しいのだろう。

「でも、そうね。私も、宗平君にみっともない姿は見られたくないわ」

 何だかんだで彼に失望されたくないという想いはある。一度裏切ってしまったからこその想いである。

 もし彼に悪意があれば、すぐに私は都合のいい女になってしまうだろう。それくらい、私は彼のことが好きだし、彼の評価が、私の評価基準の中で結構なウェイトを占め始めている。きっとこれから、もっと彼に依存してしまうんだろうなあ、という予感が胸の中にあって、それに対して抗するべきという自立心豊かな理性と、すべてを委ねてしまえという怠惰な本能がせめぎ合っていた。

 でもたぶん後者が勝つと思う。

 私にその誘惑を払いのけられるほどの自己肯定感がないからだ。

 両親から突き放されて、学校では虐められて、そんな人生でどうやって自分を肯定して生きろというのか、そう言った価値観を育めばいいというのか。私の価値を担保してくれているのは怜と宗平君の、二人の眼差しだ。小説家としての相川さくらと、素の十八歳の少女である相川さくらとはまた別なのだ。いくら小説家としての自分が、作品が売れ、テレビに出て芸能人としての人気を得たとしても、ここにいる私自身の胸の内にある虚無を埋める事は出来ないのだ。そこを埋める事が出来るのは、怜から寄せられる親愛と、宗平君が私に向けている愛情や恋情と欲望だけなのだ。

 だから、いまこの瞬間も私は怜の視線を気にしている。彼女が私をどう判断して、どう値踏みするのか。それが気になってしまう。それでもやっぱり、小説家としての名声が補助的な役割をしてくれているのか、以前ほど露骨に気にすることがなくなったのも確かだ。それにこの手首の傷もあるから。でも、彼と出会う前の私は、本当に情けないくらい、怜の顔色を窺って生活していた。それを怜が望んでいないことを判っていながら、それでもやめられなかったのだ。そんな体たらくでも、周囲の阿諛追従の権化とも言うべき有象無象の連中と比すれば、まだ私は彼女と対等に近い位置にあったから、彼女は私を手放さなかったのだ。もしあの連中と同じ様なことをしていたら、きっといま、私の隣に彼女はいなかっただろう。そして彼女は一人孤独に、高嶺の際涯に佇んで、眼下の有象無象を無感動に見つめていたに違いない。もしそうなっていたら、私はその、一見穏やかに見えてその実、極北の大地よりも冷酷な眼差しに気がついただろうか。いや、気がつけないから有象無象なのだ。

 泡を洗い流して怜が立ち上がった。いつの間にか頭の上にお団子が出来ていた。

「お風呂入ろっか」

 彼女が私に向ける笑顔。それは、だからこそ尊いのだ。

 私は体の奥が、疼くように熱くなるのを感じながら「ええ」とうなずいた。







 湯気をかきわけて低温風呂の湯船に入った。怜も一緒だ。広々としていて、それでいて私たち以外にはほとんど客がいないので、ほぼ貸し切りに近い状態だ。とても開放感があって、先ほどまでの疲れが嘘のようにお湯の中に溶けだして抜けていく。

 怜は浴槽の枠に頭を凭れさせ、両足を前に投げ出すようにして、両腕も弛緩させて、くらげみたいに、ゆらゆら揺れている。時折喉の奥から濁った声で「あー」と漏らすので、そのたびは私は苦笑して、おっさん臭いなあ、と思うのであった。

「サウナ入ろう」

 しばらく湯船に浸かってから、怜はそう言って四肢をしゃきっと人間に戻して浴槽から出た。私はもう少しまったりとお風呂に入っていたかったけれど、彼女が行くというなら仕方がない。一人で寂しくサウナに入らせるのも悪い気がする。決して私がひとりぼっちだと寂しいわけではない。彼女が寂しがり屋だから、仕方なくだ。

 絞ったタオルで軽く体を拭いて、サウナ室に入った。

 ログハウス風の内装で、暖色系の控えめな光量の照明と相まって、なんだかお洒落な雰囲気だ。入ってすぐの場所は広い板間になっていて、部屋の隅には煉瓦で組んだ壁に覆われた区画があった。そこに熱気を生み出すヒーターがあるのだろう。右手には雛壇が二段あってそれが部屋の奥まで続いている。反対側に眼を転じると、壁の一部がガラス張りになっており、その向こうに四十インチくらいのテレビが置かれていて、お昼のワイドショーを映していた。

 肌が焼けるような熱を感じながらどこへ座ろうかと考えていると、怜が迷いのない足取りで、最上段の一番奥、つまりは炉の正面で一番暑いところに陣取った。私はどうしようか迷ったけれど、先客の一人がこちらをじーっと見ていることに気がついて、私は無性に恥ずかしくなって、逃げるように怜の隣に腰を下ろした。

 怜はテレビには興味がないようで、壁に背中を凭れさせて、足を投げ出すような行儀の悪い姿勢で目をつぶってゆっくりと、鼻で深い呼吸を繰り返している。

 そうするのがいいのだろうか、と思って同じようにしようと思って壁に背中が触れた瞬間、焼けるように暑くて思わず身を屈めてしまう。

「ゆっくり、じわーっと背中をつけるの」怜は玄人じみた眼光でそう言った。「熱いけど慣れるから」

 よくわからないけれど、とにかく背中をつければ慣れるということだろう。思い切って凭れて、しばらくすると自分の汗とか体温で壁の温度が下がったのか、熱を感じなくなった。

 私は壁に掛けてある時計を見た。一周で十二分というタイプの時計だった。

「あれが一周したら水風呂。それからまたサウナ。それを繰り返すとすっきりするの」と怜が横目でこちらを見ながら言った。

「気が遠くなりそうね」さすがにちょっと暑い。入り口そばの無難そうなところに陣取るべきだったか、と後悔しつつ、しかし怜と離れて、絶え間なくおおしゃべりを続けている見ず知らずの中年女性のそばに行くのも怖いし、暑さに参って逃げたように見られるのも嫌だったので覚悟を決めることにした。とはいえ無心で居られそうもなかったので、テレビを見て気を紛らわせることにした。

 その番組は生放送ではなく収録の番組だった。司会を担当している芸人さんを見た時に、おや? という既視感があった。まさか、と思っていると、居た。画面の中に、一週間前の私が。

 ふん、と不機嫌そうに鼻をならすのが聞こえたので、私は面倒だなあという気持ちを抑えながら怜の方を見た。案の定、彼女は拗ねた顔をしていた。

「出てるね」と彼女はおもしろくなさそうに言った。

「そうね」と答えながら今度は入り口付近に陣取っている中年女性のグループの方を見た。相変わらずお喋りに夢中の様子で、テレビの方へは目もくれない。ほっとしつつ隣の面倒ごとに向き合う。

「別人みたい。堂々としてて」怜がそう言って私の手を握った。「さっきおどおどしてたのとはまるで違う」

「うるさいわね」私はそう言いながら手を握り返した。「タレントや作家として表にでているときは、それは小説家の相川さくら、であって、いまここにいる私じゃないの。アルターエゴって奴」私は言った。意識的に人格を切り替えているというか。それはそれ、これはこれで別に考えていなければあんなところに居られない。素の私がもしテレビの収録に参加なんてしたら全国津々浦々に「あ」とか「う」しか言えない無様な姿をさらすだけだ。

「ナイジャー・モーガンのトニー・プラッシュみたいな?」

 私の言い訳じみた説明を、彼女はしっかり理解してくれたらしい。

「それ」私は言った。「そういえば、モーガンって今なにしてるのかしら」

「知らない」

「おもしろい選手だったわよね」

「さくら、モーガン好きだったの?」

「おもしろい助っ人は好きよ」

「うちも昔はラミレスが居たなあ」

「あら。もとはうちの選手でしょ?」

「あんたそのころ野球見てなかったでしょうが」

 益体のないやりとりをしている間に十二分が経過して、私たちは一度外に出て、掛け湯をしてから水風呂に入った。

 体が内側に向かってきゅっと収縮していくような冷たさに思わず目を見開いて「あー」と喉の奥から濁った声がでる。

 怜は平気な顔で肩までつかっていた。

 水風呂のあとは、サウナの出入り口の脇に置いてあるウォータークーラーで水分補給をした。歯が痛くなるくらいよく冷えていて、水風呂でなお冷まし切れていない体の内側の火照りに染み入るように、喉から胃へと流れていく感覚が手に取るように判った。

 絞ったタオルで体の水滴を拭き取ってからサウナに戻った。怜曰く、ドライサウナに体が濡れたまま入るのはマナー違反なんだとか。

 水風呂に入っている間にお喋りな中年女性のグループが出て行ったので、二人きりになった。最上段の、真ん中辺りに並んで腰掛けた。

 不意に怜が私の二の腕を掴んで、「肉付きよくなった?」と言った。

「どういう意味?」太ったとでもいいたいのだろうか。私は少し険のある目を彼女に向ける。

「そのままの意味」とどこか愛おしげに彼女は答えた。「だって、さくら、前来た時はもっと痩せてたでしょ?」

 痩せていた。そう言われた途端、またセミの声が脳裏に蘇った。ああ、そうだ。彼女と和解したばかりの頃、まだ、ちゃんとご飯が食べられなかった頃、彼女に誘われ、ここに来たことがあった。

「そうだったわね」

 記憶は酷くおぼろげだ。けれど思い起こせば同じように怜と一緒にサウナに入った。控えめな照明に浮かび上がった痩せた自分の膝を見下ろしながら、暑いのか寒いのかもよくわからずにぼんやりとしていた気がする。あのとき私は怜と何を話したのだろう。

 思いだそうとした瞬間、胸の奥から得体の知れない感情が吹き出しそうになった。それは夜の闇よりも黒く、炎よりも猛り、全身の毛が逆立つかの如く激しい何かだった。脳裏にはさきほど見た怜のうなじが浮かび上がっていた。気がつくと、横目で彼女を見ていた。意外に肉付きの良い太股からお尻にかけてのライン。横腹と骨盤にかけてのわずかな弛みとその曲線。控えめな乳房に浮いた汗。上気した頬。肉感的な唇。長い睫。体の芯からある種の破壊的な衝動がわき上がってくる。

 一体これは何事なのだろう。考え込んでいる間にまた十二分が経過して、もう一度水風呂に入った。先に水風呂からでた怜の、お尻越し、股の間に見える茂みから私は目が離せなくなった。水風呂でとっくに冷えているはずなのに。熱に浮かされたみたいに頭がくらくらしている。

「ずっと入ってると冷えるよ?」怜がこちらを向いた。

 私はとっさに目をそらした。見ていたことに気付かれてはいないか。緊張で心拍数が上がっていた。その速度は後ろめたさのメーターだ。針が振り切れそうなほど、心臓が肋骨を殴りつけて暴れている。

「さくら?」と彼女が私の目の前でしゃがみ込んだ。なんて不用心で、無防備なことをするんだろう。私は泣きそうになりながら、それでも見てしまった。でもすぐに目を逸らした。見ていない。なにも見ていない。そう言い聞かせながら、彼女の方を見ずに、水風呂から出た。

 怜は低温風呂の方へ向かっていた。

「露天風呂には行かないのかしら?」

 自分の中にある気まずさを誤魔化すために、そんな気もないのに私は彼女の背中に問いかけた。

「寒い」

 一言そう答えて、彼女は浴槽にざぶざぶ入っていった。

 私は隣の高温風呂に入った。とても熱かったけれど、のぼせ上がった頭には一周回ってむしろバッチリ合っている感じがした。

「そういえば」と怜は言った。彼女は浴槽の端にもたれて天井を見上げていた。「どうしてテレビなんかに出ようと思ったの?」

「言ったこと、なかったかしら?」私は答えた。

「わかんない」

「どういうことよ」私は苦笑する。

「なんとなく理由は判ってる感じはするんだけど、それが、さくらから聞いて知っているのか、自分で推測してそうだろう、って思ったのか、どっちだったかなって」

 そういうことって、あるでしょ? と目だけこちらに向けて彼女は言った。

 まあ確かにそういうことも時々あるな、と思ったので「そうね」と頷いておいた。

「家に対する反抗よ」

 それが怜の問いに対する答えだった。なんてことはない。鳥籠の中の鳥ではないことを誇示するために私は、恐らく父が嫌がるであろう活動に全力で取り組んできたのだ。

「やっぱり聞いてたかも」怜はそう言ってまた天井に目線を戻した。その横顔がつまらなそうというか、寂しそうに見えるのは、気のせいではないだろう。

「けど最近は、ちょっと違ってきているのよね」

「ふうん」と怜は気のない返事をした。

「途中から考える様になったのよ。そんな気持ちでここに居ていいのかって。周りの人達は生活をかけてやっているのに、私は親に反抗するためだけにカメラの前に居る」

「それが理由なら別にいいんじゃないの?」

「そう思って納得しようとしたこともあったんだけど」と私も怜と同じように天井を仰いだ。湯気で煙っていて、なんだか雲を眺めているみたいだ。

「まああんたの性格からして無理でしょうね」

 その声に、隣を見遣ると呆れたような笑みを浮かべていた。

「だから考えたのよ」私は言った。「作家として私は家のこととか関係なく本気だから、つまりテレビに出たり、文芸誌以外の雑誌の取材を受けたりするのは、本を売るための宣伝だって」

「見ようによっちゃそっちの方が失礼じゃない?」

「私としてはそっちの方が本気度が高いから大丈夫」

「あっそ」と怜はまたつまらなさそうに言った。「でも、そこまでする必要ある?」

「負けたくないのよ」

「誰に?」

「あなたに」

 私? と怜は怪訝そうに眉をひそめた。

「負けたくないもなにも、クリエイターとしての実績で言えばそっちの方が圧勝でしょうに」

「だからこそ、よ」私は二つの浴槽を隔てるしきりに身を乗り出して、「私はあなたに何一つ勝てなかった。勉強も容姿も」

「体育の成績は圧勝でしょ」

「勝負する意味が無いところで勝ったって、意味が無いのよ」

「さらっと酷いこと言わないで」

「とにかく。作家としての実績だけはあなたに勝てている。でもきっと、あなたはすぐに追い上げてくるわ。だからなんとしても逃げ切らなきゃ駄目なのよ」

「よくもまあ、駆け出しの新人漫画家を高く買ってくれてありがとうございます」と言いながら怜はこちらに背を向けた。

「なに、その言い方」

 怜は答えない。

 しばらく、じぃっと彼女の後頭部を睨んでいた。そのうちに肩がぶるっと震えて、「悔しいわよ」と感情を押し殺したような、平坦な声が響いた。

 私は固唾を飲んで次の言葉を待った。

「妬ましいわよ。あんたの小説、すごく面白いんだもん。それに売れてて、うらやましいわよ。先へ先へどんどん走っていって、その後ろ姿が遠ざかっていく。追いかけても追いかけてもまだまだ届かない。悔しいのよ。こんなに悔しいの、生まれて初めてよ!」

 徐々に感情の波に乗り始めた言葉は、最後には水面に叩き付けるような大声になっていた。

「あなたが私の言葉をどう解釈したのか、敢えて聞かないけれど、でも確かに私の中で、あなたが絶対的なライバルであることに、間違いはないわ」

 そう言って、私は浴槽の中に座り込んだ。

「ありがと」ぼそっと彼女が呟いた。

「こっちこそ」私は言った。「あなたのお陰で頑張れてるんだから」

「きっとさくらは、怠けないウサギなんだよ」

「それはあなたもよ」

「そうかな?」

「そうよ。だから風邪で体調悪くても、彼に怒られるのが判ってても原稿をやめられないんでしょ?」

「そうかもね」

 怜がくるりとこちらを向いた。

 面映ゆい笑みを浮かべていた。

 釣られて私も恥ずかしくなる。

「そろそろ、出る?」怜が言った。

「そうね」私は答えた。



       2

 

 



 脱衣所は閑散としていた。

 ロッカーの鍵を開けて、タオルを取り出した。

 体をよく拭いてから、下着を新しい物に替えて、服を着た。

 怜は体にタオルを巻いたまま、洗面台のところで備え付けのドライヤを使って髪を乾かしていた。私はタオルを被って隣の洗面台の前に座った。

 ドライヤで髪を乾かしながら櫛でとく。私は癖毛だから、ここでちゃんと髪を矯めておかないと、大変なことになるのだ。悪戦苦闘しつつ、ぱっと見、パーマをかけたセミロングの髪に見える程度になんとか整えることが出来た。

 隣では怜がまだ髪を乾かしていた。

「手伝おうか?」と私が訊ねると、彼女は難しい顔をして、「私の髪に触っていいのはそうちゃんだけ」と言った。

「なら先に出てるわよ。ロビーの横にお座敷があったから、そこで待ってるわ」

「ちょっと。さくら」と立ち去ろうとした私の袖を引いて彼女は、「誰も、ダメとは言ってない」

「いまのを許可とか許容とか、そういう風に解釈する人はいないわよ」

「さくらは特別だから。そうちゃんほどじゃないけど」

「それはどうも」

 彼女からドライヤとタオルを受け取り、丁寧に髪を乾かしていく。彼女の髪は繊細で、綺麗で、艶やかで、癖毛の私からすれば喉から手がでるくらい欲しい、清らかな直毛だ。正直前から触ってみたかったのだ。いままでずっと、今日みたいなことを言って煙に巻かれてきたので、ようやく念願が叶った。

 鏡に映る怜は、ネコみたいに気持ちよさそうに目を細めて、なすがままされるがままになっている。私の口元にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。

 手元に目線を戻した。

 ふいに、白いうなじが見えた。白亜のような肌に、うっすらと生えた産毛。骨の盛り上がりのそのなだらかさ。気がつけば手が止まり、私はまたそこに魅入られていた。サウナに入っているときに覚えたあの感覚が、強烈に蘇った。破壊的な衝動が全身を巡って指先まで行き渡った時、私の体は欲望に操られるからくり人形の如く、その手を、彼女の首元に添えていた。

 怜は鏡越しに私を見つめている。唇をぎゅっとつぼめて、見開いた目には不安と覚悟が揺れていた。

 花の蜜を吸うように、私はうなじに唇をつけた。そのまま指先に力を入れたり、抜いたりしながら、彼女の柔らかくて細い首の感触を確かめた。鼻先に熱を帯びていく。唇を離す。真っ赤に染まったうなじは、薔薇のように鮮烈で、香り立つシャンプーのフローラルな残り香が頭をくらくらさせた。

 怜は潤んだ目でこちらを見ていた。

「それで、満足?」

 その問いかけの意味がしばらく理解出来ずに、私は鏡の中の自分を、まるで他人のように眺めていた。

「私、なにを……」

 彼女を汚したい。壊したい。愛おしくて憎い。だからこの手で裁きと祝福を。無意識のうちからわき上がる得体の知れない感情に恐怖して、私は彼女の首から手を離し、そのまま二歩、三歩と後ずさった。背中がロッカーにぶつかる。ずるずると背中をすりながらへたりこんだ。

 怜がくるりと椅子を回転させ、こちらをみおろしながら、言った。

「それだけ?」

 深淵の闇よりも深い黒を湛えた光のない双眸が私を見つめていた。

「違う。そんなつもりじゃ」

 その目に怯えた私は、言い訳がましく嘘を吐く。

「あのときも、同じだった」

 怜が立ち上がった。はらりと、花弁が散るようにタオルが落ちて、一糸纏わぬ姿になった。ひた、ひた、とこちらに歩み寄る。

 私は彼女の顔を見ることが出来なかった。けれど、完全に目を背けることも出来ずに、私は彼女の太股の辺りを見つめていた。両股付け根の間に茂る黒い物が視界の端に映って、私はそこでようやく目を背けることが出来た。

 怜がしゃがみ込む気配がした。

「あのときも、さくらは私の首を掴んで、うなじに親指を押し当てて、残りの指先に力を込めた」

 あの夏のことだ。覚えている。いま、思い出した。無防備な彼女の背中を見て、私は不意にわき上がった衝動にあらがえず、首を絞めようとしたのだ。けれど、赤く染まった彼女のうなじに心を奪われて、思いとどまった。

「ごめんね、さくら」

 怜の右手が私の頬に触れた。

 ごめんね、と彼女はもう一度繰り返してから、私を抱きしめた。

「これからきっと、何度もこういうことがあると思う」彼女は言った。「そのたびにさくらは傷ついて、私は自分の罪を思い出して、胸が張り裂けそうになる」

 私は彼女の背中に手を這わせた。肉付きの薄い背中の、背骨の凹凸を指でなぞってから、抱きしめ返した。

「許してもらえるなんて思ってない。いくらでも憎んでくれていい。恨んでいい。でも私はさくらと一緒がいい。そうちゃんと私とさくらの三人で、ずっと一緒に居たい」

「三人一緒、ね。前にもあなた似たようなことを言っていたわね。そうやってあなたは、私を縛り付けるのね」

 恨んでいい、憎んでいいというなら遠慮はしない。魂を焼き尽くすくらい、憎んで恨んで愛してやる。

 怜は何も答えなかった。もし、「ごめんなさい」だなんて謝ったら、首筋に噛みついて痕をつけてやろうと思っていたのに。

「私はきっと、さくらの中にある好意の一部に応えてあげることはできないけれど、でも受け入れてあげることは出来ると思う」

 誤解だ、なんて弁解するつもりはなかった。いよいよ以て私は確信した。彼女に本気で欲情していたと。たとえそれが憎しみからくる物であったとしても、確かに私は彼女をめちゃくちゃに犯したいと願っていた。

「都合のいいことを言うのね」

 彼女が口にしたやんわりとした拒絶と、妥協。それが思いの外堪えていた。胸に杭を打たれたみたいな痛みが、呼吸を止めそうになった。昨日のあれはなんだったんだ、と怒鳴りたくなった。でも飲み込む。

「だって私は、さくらを離したくないから」拗ねたような口調で彼女は言う。

「言われなくても離さないわよ。死ぬまで恨んで、すっぽんみたいに食らいついてやるわ」

 私のその言葉に、彼女は「なにそれ」と笑い、私から離れて立ち上がった。

 彼女が落ちたタオルを拾う直前、その口元がまるでほくそ笑んでいる様に見えたのは気のせいだったのだろうか。

 タオルをまき直した彼女はこちらに背を向け、「外で待ってて」と言った。

「ここで待ってるわ」私はそう言って微笑んだ。「言ったでしょう。離さないって」

「あんまりしつこいと鍋にしちゃうからね」

 鏡の中の彼女は屈託のない笑みを浮かべていた。

 


 

     3


 

 受付でロッカーの鍵と靴箱の鍵を交換して、それから私たちは併設されている食堂へと向かった。

 脱衣所でのやりとりが、今更ながらに恥ずかしくなってきて、まともに怜の顔が見れなかった。向こうも同じらしく、顔を伏せたままでこちらをみようとしない。耳が真っ赤なので、顔も茹で蛸みたいになっているのは間違いない。

 なんだか初々しいカップルみたいな雰囲気をまといながら、私たちはテーブル席に向かい合って座った。

「何にする?」とメニューの冊子で顔を隠しながら怜が言った。

「あなたがそれ持ってたら答えようがないんだけれど」

 私の指摘に彼女は黙り込んでしまった。そして勝手に店員を呼ぶチャイムを押して、やってきた店員に「かつとじ定食、二人前」と伝えた。

 店員は不思議そうな顔をしていたが、注文を取り終えるや否や、きびすを返して厨房の方へと消えていった。変な人には関わらない方がいいと思ったのだろう。賢明だ。

「おすすめだから。私の」と冊子の向こうでそう呟いた。

「まあいいけれど。ちょうどがっつり食べたい気分だったし」

「よかった」といって彼女はほう、と息を吐いた。

 彼女は健啖家であるのと同時に舌も確かだ。その彼女がすすめるだけあって、ここのかつとじ定食はとてもよくできていた。さくさくの衣が甘辛いダシを吸っていて、肉厚で柔らかいお肉は噛めば肉汁が口の中に広がる。出汁と混ざって半熟になった卵が衣の油っぽさと交わると、暴力的なほどに食欲を刺激する。その欲望に従って、ご飯をかき込む。濃い出汁の味と肉の旨味が米の甘さと混じり合う。止めどなくあふれる唾液とともに飲み込む。時々、お味噌汁で口の中をさっぱりさせた。とにかく私はお腹がとても空いていた。だから夢中になって食べた。怜も黙々と箸を進めた。そしてあっという間に平らげてしまった。名残惜しい。そんな気持ちを抱きながらお茶を啜り、ほう、と息を吐いた。

「満足してもらえたようでなにより」と怜は嬉しそうに言った。

「今度からこっちに来る度に食べに来てもいいかもしれないわね」

「食べるだけ?」

「お風呂も良かったわ。でもちょっと塩素くさいわね」

「そこだけが難点かもね」と怜は笑った。「でも硫黄臭いのよりはマシだと思う」

「どっちもどっちよ」私は言った。

 そう言えば、前回ここに来た時は、どう過ごしたんだろう。記憶が相変わらず曖昧だ。怜の首を絞めようとしたことは間違いない。それから、一緒にサウナに入った。脳裏に蘇るのは夏のにおいに満ちた蒸し暑い空気と、大気をふるわすクマゼミの声。暑いのにどうして、サウナに? と思った。促されるまま一緒にサウナに入って、水風呂に入って、それを三回繰り返した。多分その時、私は怜に見とれていた。美しいその肌に、髪に、彼が触れている。その事実に思い至り、嫉妬して、憎しみが燃え上がった。だから私は首を絞めようとした。怜は鏡の向こうから射抜くような目で見つめていた。私はヘビに睨まれた蛙のようになって、手を離した。それから、どうしたのだろう。思い出せない。でも、うっすらと何か覚えているような気がする。少なくとも、今日みたいに一緒に食事はしなかった。だから多分、そのまま帰ったんだと思う。

「ねえさくら」と怜は言った。

 ぼんやりと、記憶の霧の中を彷徨ったまま、私は「なに?」と訊ね返した。

 怜は言いづらそうに目を伏せ、「えっと」と言い淀む。

「なによ。いまさら何か言いづらい秘密でもあるっていうの?」

「そういうんじゃないんだけどね」

「それで?」

 私が促すと、彼女は決心した様に顔を上げた。

「さくらって、私がそうちゃんと付き合ってることを明かした後の記憶って、どれくらい残ってる?」

 なるほど。これは確かに口にしづらい質問だ。私は爪楊枝の紙袋を指で丸めながらどう答えようか考えていた。正直あまりはっきりとした記憶が残っていない。絶望して、手首を切って、それから気がつくと宗平君と会う約束をしていた。彼と会って話して、少し気持ちが楽になったことは覚えている。それから怜と少しずつ話すようになった。彼女とちゃんと和解したのは一学期の終わり頃だったと思う。でもその中でどんなことをしたか、とかどんな話をしたか、とか、仔細までは思い出せない。

 さあ、どうしたものか、と思って怜の方を見ると、彼女が怯えたように顔を引き攣らせていた。不思議に思って彼女の目線を追うと、それは私の手元に向けられていた。ああ、なるほど、と得心する。右手で爪楊枝の紙袋を弄びながら、左手で右手首を撫でていたからだ。

「そうね」私は溜息を吐いた。「あなたが怯えている、この手首の痛みはよく覚えているわ」

 その痛みは心に刻まれている。否、恐らく心を切り刻んだ痛みだったのだ。最初に冷たいような感じがして、それからじんじんと、鼓動に合わせて熱が広がり、それがいつの間にか痛みになって、体中に広がりながら、傷口は血を吐き出す。赤く染まったお風呂場のタイルを思い出す。絵の具を流したように、シャワーに溶けていく私の命の雫。心が流した涙。これが抜けきった時、私の魂も体から居なくなる。そんなことをぼんやりと考えつつ、一方で私が死んだら怜は泣いてくれるかな、と淡い期待を抱いていた。まあこんなことで簡単に死ねるとは思っていなかったのも事実で、つまるところこうすることで自分を戒める何物かから、逃れたかったのだろう。

「5月に、宗平君と再会したときの事も覚えているわ。日曜日で良く晴れていた。けれど明け方まで雨が降っていたからかしら、とても蒸し暑い日だったわ」

 思わず笑みを浮かべてしまう。懐かしさもあったけれど、現状が、あのとき交わした会話と違ってしまっているからだ。何が友人でいたい、だ。何がそれでも贅沢だ。いまの私はそれ以上の物を求めてしまっている。結局私は欲深くて、自分のことが大事で、多分本質的には入院した彼から逃げた時と何ら変わっていないのだ。ただ狡猾になっただけ。だから私は、二人の罪悪感につけこんで、愛人としての立場をなし崩し的に認めさせようとしている。

「けど、ほかはどうかしらね。正直、あなたとここに来たことも、言われなければ思い出せなかったし、いまでもちゃんと思い出せてない」

「そっか。さくらもそうなんだ」

「どういうこと?」

「ああ、うん。ちょっと誤解させる言い方だったかも」と怜は苦笑して、「私もね、記憶が飛んでる時期があるんだ」

「それは、その、ご両親の?」

 怜は頷いた。

「事故にあって、そのあと親戚に酷い目に遭わされたってことは覚えてるんだけど、でも何があったかまでは、思い出せないの。思い出そうとすると、頭が痛くなったり、吐き気がしたりして、ああ、これは思い出しちゃ駄目な奴なんだなって」

「無理に思い出す必要はないんじゃない?」

 いつかの、あのバス停でのことを私は思い出していた。あのときの彼女は尋常ではなかった。完全に我を忘れて恐怖に支配されていた。

「そうちゃんがね、多分知りたがってるの。だからいつか話さなきゃって思うんだけど」

「それこそ、彼に言えばいいじゃない。辛い記憶だからって。下手に伏せるとどうなるかって、身を以て味わったばっかりでしょうに」

「そうなんだけど。でも」

「でも、じゃないわよ。あなた、彼のこと信じてないの?」

「信じてるよ。当然でしょ」

「だったら」

「中途半端に話しちゃって、それでそうちゃんのことを苦しめちゃわないかって。そう思ったら怖くて」

「ああ」と私は頷く。彼女が何を危惧しているのか判ったから。「彼のことだから、自分がふがいないから話して貰えないとかって、また悩むでしょうね」

 彼は自分の分をわきまえている人間だけれど、その領分に対するプライドは結構高い。自分が怜の恋人としてなにか至らぬところがあるのではないか、そんな風に苦悩するのは火を見るよりも明らかだ。

「だから、どうしようかなって。黙ってるのも悪いし」

「いままで全く話したことはないのよね?」

「うん」と怜は頷いた。「ただ、ちょっとだけ、何があったか察してる部分はあるかもしれない」

「というと?」

 話の流れでつい私は、そんな風に軽く促してしまった。

 怜が表情を硬くしたのに気がついたが、後の祭りである。

 思い当たる節がないわけではない。彼女は普段、殆ど女の子以外と話をしなかった。なるべく男子を避けているような素振りがあったような気がする。けれど、それだけならわざわざ彼に黙っておくこともないだろう。仮に私の想像通りだったとしても、それならば彼は既にそれを知っているか察しているはずなのだ。何せ二人は何度も交わっているのだから。その最初の時に判るはずだ。

「いいわよ別に」

 それ以上の何かがある。その恐ろしい可能性を前にして、私は逃げの一手を打った。

 怜は安心したような、それでいて落胆したような、なんとも言えない溜息を吐いて、「うん」と頷いた。うつむき加減の微笑は、寂しさの陰影を纏っていた。

 ちゃんと聞いてやるべきだったろうか。なんて罪悪感の湧いてくる表情をするあたり、彼女はずるい。気持ちをリセットしようと思って、湯飲みに口をつけた。冷めてぬるくなった緑茶を舌で転がしてから飲み込む。ちぬるくなったからか、少しとろみが出たような気がする。

 ほう、と息を吐いて湯飲みを置いた。

「ついで、と言う訳でもないんだけど、一ついい?」私は言った。

「知ってることなら」と言って彼女はテーブルの上で手を組んだ。

「入院していた時の、宗平君のことを、聞かせて欲しいの」

 今更な話だけれど、と私は苦笑する。ついでじゃない、なんて大嘘で、この流れだから訊けそうな気がしたのだ。彼がどんな風に過ごして、どんな風に苦しんだか。知りたかったけれど、避けていた。それを知ってしまったら私は罪悪感と後悔に押しつぶされてしまうから。けれど、今日なら受け止められそうな気がしたのだ。

「知ってどうするの?」と怜は値踏みするような目で私を見ていた。

「愛人として、あなたたち二人の影になるなら、ちゃんと知っておくべきだと思ってね」

「茶化さないで」と怜が語気を強くして言った。

 私はその声に、一瞬心臓が縮み上がって息が止まりそうになった。

「ちゃんと向き合うべきだと思ったのよ」私は言った。「恨み辛みをあなたにぶつけるにしても、まずは自分が背負った十字架の重さを知るべきだとね」

「殊勝ね」と言って彼女は唇をへの字に曲げた。「まあ良いわ。知りたいっていうなら教えてあげる」

「ありがとう」私は言った。

「さくらは、そうちゃんがどんな状態だったかって、どこまで知ってる?」

「一時は意識不明の重体で、無事生還したけれど、肩と腰に後遺症が残った」

「模範的回答ね。さくららしいわ」と怜は肩を竦めた。

「あなたが教えてくれたことよ」私は言った。

「そうちゃんから直接聞かなかったの?」

「聞けなかったの。だって怖いじゃない。私のせいじゃないってことは判っているけれど、でもあの日私との約束さえなければ、彼は事故に遭わなかったんだから」

「そこは相変わらずなんだ」

「全部運転手のせいに出来るくらい図太ければ良かったんだけど。いまでも夢に見るのよ。その現場をみた訳でもないのに、彼が事故に遭う瞬間を」

 ちょっと疲れているときとか、へこんでいる時とかに、まるで狙い澄ましたかのようにそういう悪夢はやってくる。夜中に飛び起きて、真っ暗な部屋を見回して、それから両手で顔を覆って泣く。そんなことをいまでも繰り返していた。

「まあその気持ち分からないこともないわよ」と怜は長い睫毛を伏せて、手元に視線を落とした。そして彼女はその手を、組んだまま額に押し当てるようにして、「私も同じだから。あの日、私が我が儘を言わなければ、出かけることもなかった。事故に遭うことはなかった。お父さんとお母さんが死なずに済んだのにって」

 彼女の目に涙が浮かんでいた。

 私はそれを見た瞬間居ても立っても居られず、席を立った。そして彼女の隣の席に腰を下ろして、寄り添い、彼女の手に自分の手を重ねた。

「それに私、事故の直前、お母さんと喧嘩してたの。その我が儘が原因で。私が悪いんだから。謝れば良いのに、意地を張って、結局謝れなかった。私、夢の中で何度も何度も謝った。けど、何度謝ったってお母さんには届かなかった。気がついたら車は燃えていて、いつもそこで目が覚める。怖くて、寂しくて、悲しくて。この後悔はきっと罰なんだって考えて、なんとかやりすごしてるけど、でも辛い」

 怜は涙を拭って、それから私の方を見て、「ごめんなさい。話が脱線しちゃったわね」と苦笑を浮かべた。

「いいのよ。楽になるなら、幾らでも吐き出して頂戴。私が聞くから」

「ありがとう。でも、いまのでちょっと楽になったかも」と全然楽になってない顔で彼女は言う。

「あなた、自分が生き残ったことで、罪悪感を覚えているんじゃない?」

「やめようよ。この話は」

「脱線したついでよ。いいから吐き出しなさい。私が全部受け止めてあげるわ」

 怜は泣きそうな顔になって、それから溜息を吐いた。観念した、という風であった。

「そう思わない日なんてなかったわよ。いまだって思ってる。こんな風にさくらとお話をして、笑ったりしてていいのかって」泣きそうな顔で彼女は言った。そして彼女は両手で顔を覆い、「ぬぐい去れるものならぬぐい去りたい。こんな罪悪感。けど、なくならないの。陰みたいに、幸せな気持ちの裏に張り付いていて、ふとした瞬間に私の肩を叩いて囁くのよ。お前にそんな資格はあるのかって」

 震える肩を抱きながら、私は黙って彼女の話に耳を傾けていた。こうやって吐き出すことで少しでも楽になるのであれば、いくらでも聞いてやる。

「そうちゃんと一緒にいてもそう。幸せだけど、だからこそ、罪悪感に押しつぶされそうになることもある」そう言って彼女は顔を覆っていた手をどけて、その手で私の左手を握った。「だから、さくら。私にはあなたが必要なの」

 光の褪せた瞳に私の顔が映り込んでいた。

 何故そこで私? 

 思いも寄らない言葉に私は困惑して、何度も瞬きを繰り返した。

「幸せになるためには相応の罰が必要だって気がついたの」

「罰? あなた何を言っているの?」

「さくらは、私の事を恨んでいるんでしょう?」

 ひきつった様な笑みを浮かべて、彼女はそう言った。

「罪悪感に溺れそうになった時、ふとあなたの顔が脳裏をよぎると、途端に心が楽になるの。私はあなたを裏切って、そうちゃんと幸せになった。そんな私たちをあなたは恨んでいる。その事実が私を許してくれる。さっき言ったよね。死ぬまで恨むって。そう言ってくれた時、私、すごく嬉しかった。やっぱり持つべきものは親友だって」

 そして怜は私の傷跡を指でなぞった。私はそこに一瞬、あの時の痛みを思い出して、背筋に冷たい物が伝った。

「これはあなたが私を縛り付ける呪い。けど、私にとってはこの疵痕は、私を罰し、許してくれる贖罪の証」

 そう言ってから、彼女は体を屈めて、私の手首にキスをした。まるで愛しい恋人と唇を合わせるがごとく、長く情熱的なキスだった。私は疵痕に吸い吐く彼女の唇の柔らかさに、めまいがしそうだった。疵痕を舐める舌先の感触に、思わず声が出そうになった。このままその歯で、この疵痕を食い破ってくれればいいのに。ぼうっとした頭でそんな願望を抱きながら、目の前にある彼女のつむじを見つめていた。

 疵痕から唇が離れた。そして彼女は熱っぽい眼で私を見つめ、「大好き」と言った。

 知らず私の目から、涙がこぼれ落ちた。感激の涙だろうか。恐怖だろうか。あるいは絶望なのだろうか。私は彼女を呪い、手中に収めたと思っていた。けれど、その呪詛をそっくりそのまま返されてしまった。

 気がつくと私は彼女の腕の中にいた。蜘蛛の巣にかかった獲物は、糸でぐるぐる巻きにされて動けなくなる。いまの私は哀れな羽虫のように彼女のかいなに抱かれて、身を固くするほかなかった。

「これからも、ちゃんと私の事を恨んでね。さくら」

私は小さく頷いた。そうするしかなかった。でも不思議と私の中に拒絶という意思は存在していなかった。

 店内には一昔前のヒット曲を和楽器で演奏したインストゥメンタルのBGMが流れていて、私たち以外に客はいない。店員も奥に引っ込んでいた。だからいまここは二人だけの世界で、私たちはお互いを傷つけ合って、友情とか愛情とかそういうものを確かめ合っていた。親友ってこう言う物なのだろうか。漫画とか映画とか、小説とか。創作物で見かける親友ってもっと爽やかな何かだった気がするけれど。私たちはなんだか梅雨時の曇った暑い日みたいに、しつこくて、ギラギラしている。でも不快じゃない。それでも私は怜と、特別なつながりを得られたことが嬉しかったのだ。きっと、私も卒業して、彼女と離ればなれになるのが寂しかったのだろう。

 一頻り余韻に浸ったあと、彼女は私を開放した。若干の名残惜しさを感じつつ、元の席に戻った。そして怜は店員を呼んで、食べ終わった食器を下げてもらい、ついでにデザートのアイスクリームを注文した。アイスクリームはすぐに運ばれてきた。スタンダードなバニラアイスが一掬い分、冷凍庫で冷やしていたらしい、透明な硝子の器に盛られていた。

 スプーンをアイスに突き刺して、彼女は言った。

「そうちゃんね、目が覚めてから一週間くらいは記憶喪失の状態だったの」

 急に話が戻ったので、私は言葉が出てこなくて、スプーンを握ったまま、じっと彼女の顔を見ていた。

「それに時計も読めなかったりで、ほんとに、危ない状態だったんだな、ってその時実感したんだ」

「あなたのことも、忘れていたの?」

 怜は首を横に振った。「私のことだけは、忘れてなかった」

「良かったじゃない」

「でもない」と怜は意外なことを言って溜息を吐いた。「両親のことも、親友の事も、部活の仲間のことも、仲の良い従姉妹たちのことも、みーんな忘れてるのに私のことだけは昔のことを含めてちゃんと覚えてたんだよ。なんていうかね、ほっとしたけど、同時に、凄く重たかった。その現実が。私しか、そうちゃんを救えないんだって思うとね」怜は切り崩したアイスを、スプーンで弄んで、それから一口食べた。「それにね、もしかしたら私のことも忘れちゃうんじゃないかって思うと怖くて、朝が来て、そうちゃんが私に挨拶をしてくれるまで、全然安心できなかった」

「あなたでも、そういうこと思ったりするのね」

「私だって人間だもん」と力なく彼女は笑う。「もしこのまま私以外のことを思い出せないままだったらどうしようって。電灯の消えた古いトンネルを前にしてるみたいな果ての無い不安が押し寄せてきて、でもそうちゃんのことは大好きだから私がなんとかしなきゃっていう使命感も湧き上がってきて、あの一週間は修羅場だったなあ」

 でもね、と彼女は私を見つめて言った。

「病室から、さくらが待ち合わせ場所にしていた丘が見えたんだけど、そうちゃんね、気がついたらいつもそっちの方をぼーっと見てたの。きっとどこかで覚えていたのよ。さくらのことも」

 胸がぎゅっと痛くなった。彼は、記憶を失って尚、私との約束を、どこかで覚えていてくれたのだ。それなのに私は、自己保身に走って、顔を出さなかった。

「それにね。記憶が戻る前の日に、あそこへ行かなきゃダメだって言って、取り乱して暴れてね。大変だったんだから」そう言って怜は、悲しそうに微笑んだ。「それくらい、さくらのことを、本気で好きだったんだよ」

 止めどなく湧き上がる後悔の、その水底で私は溺れてしまいそうだった。

「記憶が戻ってからも。時々、私がお見舞いに行くと、がっかりした顔をすることがあったんだから。なんだ、怜か、ってそう言いたげな顔でね」

 彼女はそう言いながら、ざくざくと、アイスをスプーンで切り崩している。

「正直言うと、そうちゃんがあなたや、同級生の面倒な子たちと浮気してるときよりも、あのときの方が、辛かったなあ。生まれて初めてじゃないかな。そうちゃんに対して、嫌悪感みたいなのが混じった怒りが湧いたのって。これだけ私が甲斐甲斐しく看病してるのに、なんでビビって顔を見せに来ない様な女に、そんなに入れ込んでるんだって、ちょっと口に出しそうになったからね。本気で」

「それで、あなたはどうしたの?」私の目の前でその言い草はなんだ、とは思ったけどそれは口に出さなかった。非常に業腹ではあるけれど、私がビビってお見舞いに行かなかったのは事実なので仕方がない。いまさらそんなことで怒ったって無駄に体力とか精神を消耗するだけだ。

「意地になって、絶対離れてやるもんかって踏ん張ったよ」と怜はぐずぐずに耕したアイスをスプーンですくい上げた。「私の有り難みを骨の髄まで教え込んでやるって誓ってね」そう言ってアイスを口に運ぶ。

 彼女が張ったその意地が、そのまま私を彼から遠ざける発端になったのだろう。いまならなんとなく判る。私を追い詰めた彼女の言葉の意味が。あのとき、私が愛していたのは彼ではなく、彼に好かれている私自身だった。だから、万に一つでも彼から否定的な言葉を投げかけられるかもしれないネガティブな状況を私は恐れて、逃げたのだ。

「でもね。結局最後まで、そうちゃんはさくらのことを待ち続けてた。さっきのがっかりされた話もそうだけど、私の気も知らないで訊いてくるんだから。さくらがどうしてるのか、とか。元気なのか。とか変に責任を感じてないか、とか。答えながら泣きそうになるのを我慢するのがどれだけ大変だったか」そう言って彼女は溜息を吐いた。「まあ、大体こんな感じ。なんだかんだ、さくらのことはずっと気に掛けてたわよ」

「ありがとう」私は言った。正直、やっぱり聞くんじゃなかったという後悔は結構ある。彼が、怜がいながら私にも変わらず惹かれている理由の、その一端が判ったような感じがして、それがずっしりと肩にのしかかってきた。それは私が考えていた十字架とは違った種類のもので、私はもっと、自分の犯した過ちに対する断罪とか償いとか、そう言う物をどこかで期待していたのだ。けれど、彼はあの頃からずっと、私のことが好きなままだったのだろう。

 胸の中に蟠る気持ちを抑えこみながら湯飲みに手を伸ばした。

 冷めたお茶はとても渋い。

 さっぱりしすぎた口の中がなんだかぎこちない。湯飲みの底にお茶っ葉の欠片がへばりついている。後悔って言うのはこんな風に、何かに納得して飲み込んだ後も残ってしまうものなのだろうか。

「ところでさくら」

 顔を上げると怜が妙に期待の籠もった視線をこちらに向けている。

「それ、食べないの?」

 彼女の視線は、溶けかけのアイスに向けられていた。一瞬迷った。でもお茶の渋みで一杯になった口の中にはあまりにもアイスの甘さは場違いだ。歯と歯茎の境目が意識できるくらいにさっぱりした口の中に油分の多い物を放り込むのもなんだか億劫だ。

「いいわよ、別」

 私は器を彼女の方へ押しやった。

「やったー。ありがと」

 彼女は子供のように喜んで、さっさと自分のアイスを食べてしまうと私のアイスにも手をつけた。食事をしているときの彼女はとても無邪気だ。今日は気持ちの乱高下が激しくて、すっかり疲れていたけれどその姿に私はほっこりと癒やされたのだった。

 

       4

 

 会計は割り勘で払った。私たちの間には、なんとなくお互いに貸し借りを作りたくない気風があって、だから大抵一緒に出かけて食事をしたときは、必ず割り勘するのが決まり事になっていた(尤も、怜が一人だけ大量に食べることがよくあるので、私が食べた分を基準にして、対等になる分だけを割り勘していた。今日は同じ物を頼んだだけなので、全額割り勘だ)。他愛のない意地の張り合いだ。だから割り切れない数字の時に、やむを得ず相手が一円多く出した時などは、とても悔しい。ここの食堂は割り切れる価格設定のものしかなかったので、きっちり平等に払った。

「すっかり長居しちゃったわね」

 なんて言いながら向かったのは出口ではなく、ロビーの隣のお座敷だった。24畳くらいある広々とした空間に6人掛けくらいの大きさの座卓が二つ並んでいて、一番奥にテレビが置いてあった。お年寄りがテレビに近い所で談笑している。どこの旦那が遂にくたばっただの、うちの旦那もそろそろかもしれないだの。あるいは孫の卒業式が近くて準備が云々と、実に他愛のない会話である。私たちは壁際に並んで設置されているマッサージチェアに向かった。700円で15分と、料金を投入する箱に書かれていたので私は硬貨を三枚投入口に落とした。

「ねえ、さくら」怜が財布の中を覗き込みながら、ぐぬぬ、と唸っていた。

「なに?」何を要求されるのか察して、私はほんのり勝ち誇った笑みを携えて、彼女に助け船を出した。「小銭、ないの?」

「百円玉がね。一枚」恥を忍んで、とはまさにこのことであろう。視線は斜め下を向いて、顔は真っ赤。肩は震えていて、声色は固い。

「判った。立て替えてあげる」

 私は財布から百円玉を取り出した。

 それを受け取るために差し出された手は、屈辱に震えていた。

 ひらりと手のひらに落ちた百円玉。彼女はそれをぐっと握ると、勢いよく、すとーんと投入口に放り込んで、マッサージチェアに座った。

 ここのマッサージチェアは足のマッサージ機能まで付いていて、お風呂と食事の後で既にちょっと気持ちよくなっている体には、それはもう、暴力的なまでによく利いた。ほどなく意識が遠くなり、朦朧とする中で隣を見ると、すでに怜は目を閉じて、気持ちよさそうに眠っていた。三大欲求に対して彼女はとても正直だと思う。食欲は言わずもがな、性欲もお盛んだそうだし。睡眠も、よく目の下にクマを作っている割には正直だ。自分の体が他人より弱いのを逆手にとって合法的に授業をサボり、しょっちゅう保健室で惰眠を貪っていた。無論、本当に体調が悪くて保健室に行くこともあったのだけれど、仮病の時は大抵、直後の休み時間にスマホを見ると、「お昼になったら私のお弁当を持って起こしに来て」とメールなりSNSに図々しいメッセージが届いていたりするのである。私の体感では仮病の方が明らかに多かった。

 そんな流れで私たちはよく保健室でお昼を食べた。まあ彼女はよく目立つので、変に注目を浴びたくないというのもあったのだろう(でもその割に中庭でお昼を食べることも多かったけれど)。

 私たちのそんなお昼の時間は、下級生が出来る頃には、何か謎めいた、それでいてどことなく耽美な禁断の密会として囁かれるようになっていた。思えば私たちの間にそう言う関係がある、という噂が流れ始めたのもその頃だったように思う。あの頃は、全くの出鱈目で、斯様な流言飛語が耳に入る度に憤ったものだけれど、いまとなってはまったく、反論もし難いし、認めるのもまた難しい、度し難い関係になってしまったのだけれども。私の初めては宗平君が良い。むしろそうじゃないと嫌だ。けれど、仮に、ではあるけれども、怜と体を重ねるようなことがあったとしても、全然、受け入れられる。

 体の奥に熱い物を感じながら、ちら、と横目で隣を見ると、怜は薄目を開いて口を半開きにして小刻みに振動していた。

 スゥっと熱が冷めていった。

 やっぱり気の迷いだったのかしら、なんて思っているうちに15分が過ぎていた。

 私は立ち上がって、それから怜の前に立った。とにかくこの酷い顔をどうにかしてやらなければ。私の中にとても強い使命感が湧き上がっていた。彼女は美しくなくてはならない存在だ。だからこんな姿を衆人にさらし続けて良い訳がない。

「怜、起きなさい」

 そう言って私は怜の肩を揺すった。

 怜はもごもごと口を動かして、それから甘えた口調でこういった。

「やぁ。もうちょっとぉ」

 むずかるように頭を振る彼女に、胸が、きゅん、とした。

 周囲を見回す。誰もこちらを見ていない。ごくり、とつばを飲んだ。おでこに、キスくらいなら出来るかもしれない。そっと彼女のおでこに手を伸ばして、前髪を押し上げた。露わになった白いおでこ。そこは少女特有の無邪気さが凝縮された部位である。特に(見た目は)純真可憐な美少女である怜のそれは、白百合の花弁を思わせるほどに、清らかで、そのおでこの曲線はまさしくこの世の美の体現そのものだった。そこに唇で触れる。胸の高鳴りは迫り来る馬蹄の響きの如し。こたつで転た寝をしていた宗平君にキスマークをつけたときと同じくらい私は緊張していた。

 ぐずぐずしていると怪しまれる。

 思い切っておでこに唇をつけた。

 それからすぐに飛び退いて、周囲を見た。

 相変わらずこちらに注目している視線はない。

 ほっと安堵したのも束の間、やってしまったという後悔が湧き上がってきた。宗平君にやったときもそうだった。一応あのときは怜に対する嫌がらせというか、誇示みたいなのもあったし痕が残って、された本人も気がつくものだったからまだ良かったけれど、これはそうじゃない。怜が眠っていて、目撃者もいない以上、私の認知の外に於いては、最早何もなかったのと同義である。そう、そしてそんなことに満足している自分がいて、私はそこで自己嫌悪を抱いて、後悔していた。

 でも、どうだろう。私は自分のおでこにふれながら、さっき唇に触れたばかりの感触を思い出していた。少なくとも私のおでこよりも柔らかくて、それに形も可愛らしい。良い匂いもした。それだけで、たまりに溜まった欲求不満のスイッチが入りそうだった。

 溜息を吐く。

 何と言えばいいか。

 宗平君に迫るも断られて、自分で慰めても結局収まりきらず、勢いに任せて怜を組み伏せたけど、それも未遂に終わり。もう、拗らせすぎて訳が判らなくなっているんじゃないだろうか。

 怜は彼と体を重ねていて、そんな怜とそういう関係になれば間接的に彼とも肉体関係を結べている、なんていうとんでもない考えが思い浮かんだり消えたり、また思い浮かんだりしているのだ。おでこにキス。きっと彼もしている訳で、つまりこれは関節キスではないか。とか、もう自分が判らなくなりそうだ。だから今度こそちゃんと、彼に責任を取って貰わないといけない。でないと本気で怜のことを襲ってしまうかもしれない。と言うか現時点でも結構まずい。無防備な寝顔が本当にまずい。

「怜、起きなさい」

 肩を掴んで、強く揺さぶった。

「もう、なによ」

 面倒くさそうに怜が言った。

 もの凄く嫌そうに顔を顰める姿に、がっかりしつつ安堵していた。

「おはよう」私は言った。

 怜はきょろきょろと周りを見て、それから「おはよう」と答えて大きなあくびをした。両手をぐっと頭上に突き上げて伸びをして、それから立ち上がった。

「どれくらい寝てた?」

「まあ20分くらいじゃないかしら」

「そんなもんかー。思ったよりすっきりしたなあ」

「お風呂に入ってご飯を食べて、その上マッサージチェアを満喫しながら寝たんだからそりゃね」私は肩を竦めた。「で、そろそろ帰る?」

「うん。あ、でも」と彼女の視線の先には自動販売機があった。普通のものではない。瓶に入った牛乳やコーヒー牛級などが売られている自販機だった。硬貨の投入口の隣に0から9までの数字が書かれたボタンが並んでいて、商品が陳列されている棚に番号が振ってある。このボタンで数字を入力して、任意の商品を選ぶという仕組みらしい。さっそく怜が千円札を飲み込ませて、フルーツ牛乳が並んだ棚の番号を入力した。縦移動するレーンと、そこを横に移動するアームが動いてフルーツ牛乳の瓶を掴み、取り出し口まで運んでくる。

「ハイテク、なのかしら」

「工場っぽくてこう言うの好き」

 怜の目は少年のように輝いていた。

それはまさしくオタクの眼光。彼女の描く漫画はラブコメだけれど、その割に機械関係が無駄に精密に描き込まれていたりするのだ。

 何かを語りたそうにしていたけれど、面倒くさいこと請け合いなので無視した。

 さて私は何にしようか、と思っていると、怜が100円玉を投入口に押し込んだ。

「これでさっきのはチャラね」

 得意げに彼女は胸を張った。

「それはどうも」

 私は答えて、それから何にしようか考えた。牛乳、は別にそれほど好きじゃない。どちらかといえばコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳とかの方が好きだ。けれど私の目にとまったのはヒアルロン酸入りと書いてある牛乳よりもちょっと薄い色合いの飲み物だった。ぷるぷるコラーゲンなる商品名が書かれている。私はそれを購入した。

「経口摂取って意味あるのかな?」怜が言った。

「鰯の頭もなんとやらよ」

 蓋を開けて私はそれを一気に飲んだ。乳酸菌飲料みたいな甘酸っぱさがあって、お風呂から上がった直後に飲んだらとても爽やかな気持ちになれただろう。思いのほか好きな味だった。

 飲み終わった瓶を回収用のケースに入れて、それから私たちは出口に向かって歩き出した。

 下駄箱のところで、子供連れの親子とすれ違った。平日のこんな時間にもいるんだな、と何気なく考えていたが、去って行くその後ろ姿が何故だか気になって仕方が無かった。そこには不意に湧き上がった罪悪感があって、同時に羨望もあった。

 靴を履いたままの体勢で座り込んで呆けている私の所に怜がやってきて、手を取った。

「ほら、行くわよ」

 私は頷いて立ち上がった。

 


       5

 

 傘を打つ雨音が、行きのときよりも強くなっていた。飛沫を少しでも避けようとして、私たちは自然と身を寄せ合うようにして歩いていた。

「私って、贅沢、なのかしら」

 傘を持つ怜の、指の爪をぼんやりと見つめながら私はひとりごちた。

「贅沢って?」

 私は驚いて怜の顔を見上げた。この距離である。独り言を言えば聞こえるのは当然だ。私は「なんでもない」と言おうとしたけれど、それより先に「両親のこと?」と怜に核心を突かれてしまった。私は観念して頷いた。

「そうね」と怜が言った時、私は胸が張り裂けそうなくらい苦しくなった。彼女は事故で両親を失っている。会いたくても、もう会えないのだ。その上晴らせない悔いがあるのだから、私の境遇になにか思うことがあったとしてもおかしくはない。

「まあでも、仕方ないんじゃない?」と怜は、しかし思いの外あっけらかんと言い放った。「両親が生きていることの掛け替えのなさは誰よりも判っているつもりだけど、どうしようもない身内に対する失望とか絶望とかっていうのもよくわかるから」

 判りあえない存在からは距離を置くしかないんじゃないかな。と怜は睫を伏せるように私を見て言った。

 私は彼女がそう言ってくれたことで、気持ちがすっと楽になるのが判った。いままでずっと、その問いが胸のなかで良心とも言うべき領域を圧迫していたのだ。私は彼女に、自分の家庭のことを相談することがいままでに何度かあって、そのたびに若干の罪悪感を抱き続けていた。だからいま、私はそのある種の罪から解放されたような気分だった。

「でも」と怜は思案顔になった。「雪ちゃんはちょっと違うかも」

「奈雪が、どうして?」

「ああ、そっか。もしかして話したことなかったっけ」

「何よ」

「雪ちゃんはね。お父さんを仕事中の事故で亡くしてるの」

 初耳だった。奈雪の口から出てくる家族の話題なんて、姉妹のことだけだったから、全然知らなかった。

「消防士さんだったんだ。格好良かったよ。雪ちゃんのお父さん。そうちゃんもよく懐いてて、本家に遊びに行ったときに、キャッチボールの相手をしてもらったりとか、釣りに連れて行ってもらったりとか」

 彼女の眼は、どこか遠くをぼんやりと見つめていた。きっと、この雨模様の彼方にその思い出が映し出されているのだろう。

「前に集中豪雨があったでしょ?」

「二年くらい前だったかしら。それくらいに確かあったわね」

 この辺りでも猛烈な雨が降って、河川の水位が危険な水準に達しつつあるので避難勧告が出された地域もあった。結局川が溢れることはなかったけれど、雨漏り等の軽微な被害を受けた所があったとは聞いている。それに小規模な土砂崩れもいくつか発生していた、とも。

「本家の辺りは特に酷くて。地形が変わるくらいの土砂崩れが起こってね。雪ちゃんのお父さんは、消防士さんだったから、避難者の誘導や、土砂崩れの現場で遭難者の救助とかしてらしいの」

「確か、最初に比較的大きな土砂崩れがあって、その後にもっと大きいのが来たって」

 テレビのニュースで見た光景が不意に脳裏に浮かんだ。抉れ、地肌を露出した、山とも崖とも言えない斜面。末広がりに大地を蹂躙した土砂の痕。現場を捜索する自衛隊員や消防隊員の悲壮な表情。奈雪の父親は、あの土砂の中にいた、ということなのか。

 その考えを肯定するように、怜が頷いた。

「それに飲まれて、行方不明になって。しばらくしてから遺体は見つかったんだけど、酷い状態だったって聞いた。雪ちゃんも遺体は見てないんだって。だからよっぽど酷かったんだと思う」と怜は沈痛な面もちで、「お葬式の時にね。棺の前で崩れ落ちて、普段のあの、不敵な様子が嘘みたいに、このまま壊れちゃうんじゃないかってくらい大声で泣き叫んで。慟哭って、きっとああいうことを言うんだなって思った」柄を握る指の、爪が白くなる。「その姿に昔の自分を重ねちゃって。気がつくと雪ちゃんに寄り添って、何も出来ないけど、とにかく寄り添って、私がそばにいるからって気持ちを送り続けてた」

「奈雪に、そんなことがあったなんて」

「多分ね。雪ちゃんはいまもお父さんのこと引きずってると思うんだ」

「最近になってこっちによく来るようになったのって、もしかして」

「もしかしたら、ね」と怜は肩をすぼめた。「まあそれだけじゃないと思う。雪ちゃんって他人のこと考え過ぎちゃうタイプだから」

 どういうことだろうか、と思ったけれど、聞くと長そうだったので聞き流すことにした。

「羨ましい。と言ったら不謹慎かもしれないけれど。でも羨ましいわ。そんな風に泣けるくらいに深い愛情や絆が、親子の間にあったってことでしょう?」

 先ほどすれ違った親子の姿が脳裏に浮かんだ。私には、あんな些細な幸せすら、なかったのだ。

「そうだね。特に雪ちゃんの場合は、事情が事情だったから」

「事情が事情って、なによ」

 私が問うと彼女は、困った様に目をそらした。

 しばしの逡巡のあと、彼女は遂に決心した様に、口を開いた。 

「もうこの際だから話しちゃおっかな。どうせ何れは話さなきゃならないことだし。雪ちゃんに自分から話す勇気もなさそうだし」そう言って怜は一息吐いて、「まじめな話だからね」と改まった表情で、「雪ちゃんね、実はそうちゃんの腹違いのお姉さんなの」

 衝撃的な告白だったので、私は「えっ」と驚いて、思わず立ち止まって、彼女を顔を、その唇とじっと見つめた。

「詳しい経緯はごちゃごちゃしてて面倒だから、また後日、本人にでも聞いてね。突っつけば自分から色々話すと思うから」と彼女は素っ気なく言った。多分本当に面倒くさいのだろう。

「つまり、その、奈雪とお父様との間に血縁関係は……」

 無かったと言うことになる。それなのに、両者の間には強い絆があった。きっと、だからこそ、奈雪は大泣きしたのだろう。

 でも、私には実感出来ないことだった。理屈は判る。けれど私の両親は、私を、婿を取るための道具としてしか見ていない父と、その父に唯々諾々と従う主体性のない母という、どうしようもない連中で、きっとどちらかが死んだって私は泣かない自信がある。もし仮に泣くとしたら、きっとそれはうれし涙だ。

 ほう、と溜息を吐く。やめておこう。これ以上このことについて考えていると、そのうち奈雪の心を貶めてしまいそうな気がする。

「でも、なるほどね」と私は話の目先を変えるべく、呟いた。

「なにが?」

「今朝ね、宗平君と話してたのだけれど」

「私が起きてくる前に?」

 私は頷いた。

「奈雪には気がないのかって、訊いたのよ」

「そりゃないって言うでしょ」

「正直奈雪って、ちょっとあなたに似てる所あるじゃない」

「身長が高めで黒髪ロングなだけだけどね」と怜は苦笑する。「それに、雪ちゃん私よりも胸もあるし、手足も長いしで、似てるというか、上位互換だよ」

「あら、あなたの方が美人よ?」

「ねえ、さくら」と怜は顔を顰めて、「あなたそうちゃんから悪い影響受けてない?」

「今朝、二人きりで話してたからそのせいかしら」

「そう言えば、二人でなにしてたの」

「膝枕してもらってたわ」

「浮気だ」渋面を浮かべて彼女は言った。

「そう思うだろうな、ってお母様も言ってたわね」私はあの時のことを思い出して苦笑を浮かべた。自分でもおかしいくらい緊張していて、心臓が石みたいに固まりそうだった。

「埋め合わせ、追加で考えとかないと」と悪い顔をしながら怜は呟いた。「だいたい、私がいるんだから、なんでこう、誘われたとはいえ、乗っちゃうんだろ」

「どうしてかしらね。まあ私はそのおかげでいい思いが出来ているから、何も文句を言う筋合いはないけれど」

「でも焼き餅やくでしょ? あの子と仲良くしてたりしたら」

「あの子って、同級生の?」

「そう」と怜は頷いた。

「まあ、それは、そうだけど」あの子たちのことは気に入ったけれど、それとこれとは別である。

「そりゃまあ、そうちゃんって顔は良い方ではあるし、優しいし、モテるのは判るっていうか。私としてはそういう男の子が婚約者っていうのはちょっと自慢なんだけど。でも、なんかこう、面倒くさい子を引きつけるっていうか、そうちゃんもそう言うのに惹かれるきらいがあるっていうか。なんで? って思う。私一人で十分じゃない。私って結構面倒くさいよ?」

「自分で言っちゃおしまいでしょ」私は苦笑する。「でも、あなたもよく我慢してるわね」

「してない」むすっとした顔で怜は言った。「最近はキスマークでも懲りないから噛みついて血を吸ってる」

 衝撃的な告白に私はどう返事をしていいのか判らなかった。

「そうちゃんもちょっと嬉しそうなんだよね。私がそうしてまで愛情を表現してるってことが嬉しいんだよ、きっと。私もここまでやってるんだぞ、っていうのですごく満足できるし」

 頭のネジなんて最初からなかったと言わんばかりのだめ押しが来て、私は「すごいわね」と理解することを諦めながら無難な言葉を口にした。

「それにね。最近そうちゃんがすごい技を習得したの」

「失禁するくらい激しいキスでしょ。前にも聞いたわよ」私がげんなりしながら言った。

「そうだっけ?」と首を傾げる。

「それで私を焚きつけたんでしょうが」私は呆れながら言った。

「そうだった」と頷いた。

「あなた、宗平君がほかの子に対して一線を越えないことを確認して、喜んでるでしょ」

「ほかの子、じゃなくて、さくらに対して、だよ」

「ほんっと性格悪いわね」

「でも、あんたがヘタレなきゃ、多分押し切れるよ?」

「それはまあ、その。私にも一応、越えちゃだめそうなところで躊躇するだけの良心は残ってるから」

「よく言う」と怜は胡散臭そうに唇をへの字に曲げた。

 雨音は強くなる一方だけれど、私たちの話し声はそれに負けないくらい大きくて、それでいて止めどなかった。気がつけば私たちは宗平君の愚痴で盛り上がり、そしていつの間にか家の近くまでたどり着いていた。

「あれ、誰かいる」

 もう数百メートルというところで怜が立ち止まった。

「本当ね」

 彼女の家の前に自転車が一台止まっていた。そのそばには合羽を着た人影が見える。小柄で、きっと女の子だ。苛立っているのか、しきりに周囲を見回しては、落ち着きなく自転車の周りを歩き回っている。

「悪い予感。的中したっぽいなあ」怜が呟いた。酷く憂鬱そうな表情をしている。

 私たちはその人影の方へ向かった。

「やっと帰って来た!」

 こちらの姿を認めるなり、怒声のような声を飛ばして、その少女は怜に食ってかかった。

「いままでどこで何してたのよ!」

「お風呂入ってご飯食べてたわよ」と怜は飄々と答える。

「えっと、夏井さん、なにがあったのかしら?」 私たちを門の前で待ちかまえていたのは、昨日、怜に勉強を教わりに来ていた件の同級生だった。

「あ、すみません」と彼女は急にしおらしくなって、「その。宗平が、なんか大変らしいんです」

「はっきりしないわね。どういうことよ」と怜が口を挟む。

「知らないわよ! 奈々子に電話がかかってきて、そしたら急に宗平が大変だって言って飛び出していって」

「それであなたは奈々子ちゃんに頼まれてここに?」

 夏井さんは頷いた。「お姉さんを呼んだ方が良いって言って」

「だ、そうよ」私は怜を見た。

「電話でもメールでも、あったでしょ。なんでこんなところで待ってたのよ」と怜が言った。

「電話もしたしメールもしたしメッセージもアプリで送りまくったわよ! どんだけスタンプ連打したか。でも何にも返信がないからわざわざ来てやったんじゃない。宗平のことが絡んでなかったらここまでやんないっつうの」

「怜、あなた。荷物置いた時に忘れてきたんじゃ?」

「失礼な」と怜はむすっとむくれて、「ここにあるわよ」とジャージのポケットからスマホを取り出した。

「ちょっと貸して」と強引に彼女の手からスマホをふんだくって、手帳型のケースを開いた。普通であればそれでスリープ状態から立ち上がるはずである。が、反応がない。ホームボタンを押しても同様。最後に念のため電源ボタンを長押ししてみたが、相変わらず。

 私は無言でスマホを返した。怜はそれを黙って受け取り、ポケットに戻した。そして夏井さんの方を見て、にっこりとほほえんだ。

「笑って誤魔化すな!」と夏井さんが吠えた。小型犬みたいでちょっと可愛い。「で、そう言うわけだから今すぐ来て」

「そうね。判った、じゃあ先に行ってて。私タクシー呼んでそれで行くから」

「……もう好きにして」夏井さんはため息をつくと自転車にまたがった。「それじゃあ、その」と彼女はこちらに会釈をしてから、ペダルを踏み込んだ。タイヤが路面の水を跳ね上げながら、その後ろ姿は遠くなっていく。

「さくら。スマホ貸して」

 はいはい、と答えてジーンズのポケットに手を伸ばした時だった。急に着信が来て震えだした。かけてきたのは、私の芸能活動の方の担当さんだった。

 屋根のあるところ、と思って玄関先に移動して私は電話に出た。怜は家の電話を使うべく、ばたばたと廊下を駆けていった。

 電話の内容は今度の収録についての諸々の確認だった。

 電話を終えた怜が中から出てきた。

 どう? と声を出さず、口の動きだけで訊いてきた。結構長電話になりそうな雰囲気だったので、私は首を横に振った。彼のことは気になったけれど、仕事は仕事だ。

 留守番お願い。とまた口の動きだけで言って、怜は傘を差して門の前まで出て行った。

 やがてタクシーがやってきて、彼女はそれに飛び乗った。

 タクシーが走り去っていくのを見送ってからから、私は玄関の中に入り、上がり框に腰掛けた。それからしばらくしないうちに話が終わってしまった。通話を終えたスマホを見つめながら、ため息をついた。

「ちょっと待ってもらえばよかったわね」

 呟いた声が震えていた。

 心配だ。

 でもいまから追いかけるにしても留守番を頼まれた以上、鍵を開けっぱなしにして出て行くこともできない。家の鍵は多分、怜が持ったままだ。仮にどこかに置いてあってもその場所を私は知らない。

 どうしようもない。

 ぱん、と膝を叩いて立ち上がる。

 客間に向かった。

 持ってきたノートパソコンを開いて、起動させる。

 そして私は、悶々とした気持ちを押し殺すように書きかけの原稿に向かい合った。




 つづく

番外編のつもりが本編と繋がってしまったので間を取って幕間にしました(間だけに)

そんな訳でちょっとエッチな日常回でした

それではまた、令和の皐月の晦日あたりに

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