005. アーティファクトとは……
「もちろんOKだ。というか大歓迎! うちは俺一人なんで、常に人手が足りてないんだ。よろしく頼むよ」
そう言うと、大吉さんが右手を差し出してきたので、私はその手を取り軽く握ってお礼を伝えた。
「ありがとうございます!」
お互い照れたような笑いを交わすと、自然と手を離し、大吉さんは二つのカップにコーヒーを注いだ。
「ところで、自分から言い出しといてあれなんですが、アーティファクトというのは一体どういう物なんですか……?」
ただのハンドメイド作品ではないだろうことはわかる。
「その……手にしている指輪を見せてもらってもいいか?」
大吉さんは、コーヒーを私の前に置きながらそう言った。
そういえば、この『指輪』チンピラの手を振り払った時に淡く光っていた気がする。
「えぇ。どうぞ」
赤くきらめく背景を背に、金色の棒人間が踊るかのように並べられているその指輪をはずしてわたすと、大吉さんはそれをマジマジと観察した。
「コレもおそらく、アーティファクトの一つだ……」
彼が、どこか懐かしそうにふんわりと笑いながらそう言うと、指輪がぼんやり光出した。
「やっぱり──」
「──⁉──」
彼が「ありがとう」と言って机に指輪を置くと、光はすぐに収まり消えた。
けれど私の興奮は収まらず、指輪を手に取り舐め回すように見つめてしまう。
「アーティファクトとは主に、遠い過去に作られた物、過去の遺物。そして不思議な力を持っているもののことを言う。俺が作れるのはアーティファクトを模した物、模造品。レプリカで、力は比べ物にならないほど劣る。劣るが、生活を送るには十分なくらいのレベルのものにはなる」
なんと──現代(?)の魔法具みたいなものなのかしら。なんかとてもファンタジー……!
「ところで、この指輪を作った人は───」
「SNSで繋がってるハンドメイダーさんです! プレゼント企画でいただいたやつなんですよー!
棒人間が踊ってるみたいな模様が可愛くって‼」
ファンタジーの様な状況に多少ハイになっていることに加え、お気に入りの指輪のことを聞かれ、思わず熱く語りはじめてしまう私。
「もしかして、作者の名前はこの店の名前と同じ『碧空』か?」
「……‼ どうして知って…………?」
ゴソゴソと胸元からネックレスチェーンを引っ張り、先についているソレを外して見せてくれる。
それはおそらくステンレス素材の指輪で。わたしの指輪とそっくりな、踊っているかのような金色の棒人間が、夜空のような色を背景に配置されていた。
「…………?…………」
「コレの作者も『碧空』だ」
ここが本当に未来なら、それはありえない話ではない。月日を越えて、彼の……大吉さんの手に入ったのだと考えることもできる。
けれどコレはそこまで時間が経ったものとも思えなかった。何せレジン特有の黄変がとても少ない。黄変しにくいと言われている資材でも、ある程度の年月が黄変を進行させるはずだから……。
「とても一七〇年も経ったものとは思えないんですけど……」
そこまで言って、先ほどの言葉を思い出す。
「もしかしてさっき言っていた────」
「そうだ…………」
先程の笑顔そのままに、大吉さんは答えた。
「二〇一七年からきたと言っていた。十二年ほど前の話なんだが。その時、元の時代へ戻る手伝いをしたんだ。一応」
「……! 『碧空』のクゥさんがここに……!
彼女はどれくらいここにいたんですか?」
「三ヶ月ほど。俺が遺跡探索してる時に出会って……港のどこからかきたと言っていたな……」
驚きだ……。二〇一七年というと、わたしは就職活動真っ最中で、まさにその時のプレゼント企画でいただいた物だから。
「なんというか、あっけらかんとした人で。
くどいくらいにプラス思考な人だったが……。元気なのか?」
「元気でしたよ。直接お会いしたことはないけれど、少なくともSNS上では」
思えばその頃から棒人間シリーズを頻繁に作られていたような気がする…………
「そうか……。その、SNSというのが何なのか良くわからないが……元気なら良かった──」
そうしんみり呟いた大吉さんは、静かにカップを口に運んだ。
きっと、色々あったのだろうな……そう思いながらわたしも一口いただく。
「彼女がこちらにいる時、一番応用が利いて力が強かったのが、その棒人間シリーズでな。持っていた道具とここにある物を使って作ってくれて。
ただ、俺には力が強すぎて加減が難しいから普段は外してるんだ。藍華さんは──」
「藍華って呼び捨てにしてください。あ、でも私は“大吉さん”って呼ばせてくださいね。年上で、助けてくれた方を呼び捨てにはできないので」
別にさん付けでも良いのだけど、何故だか呼び捨てにしてほしいと思った私がそうお願いすると、大吉さんは何故か苦笑していた。
「わかった。
藍華は普段から付けていてもいいかもな。みたところコントロールできているみたいだし」
「コントロール、ですか……?」
「あぁ。普通にコーヒーカップを持ち上げれている。
今そのアーティファクトは力を発動させていない、ということだ。
俺がはめてるとコーヒーカップも何もかも破壊しちまうんだ……」




