340.“噛み締めたい普通の幸せ”と“約束の物”
調書を取り始め、わたしは建物内に入った理由を述べるため、子供達がそこにいたことを話さねばならなかった。
押収された物品のリストに入っているあのカード。それがどういう経緯で子供達の手に渡ったのかも……
「子供たちはこれからどうなりますかね……?」
「……別に犯罪に手を貸したわけでもない。なんなら一つの犯罪を未然に防いだ可能性もある。
だが、時間外の勝手な外出は褒められたものではないからなぁ……あそこの教会には俺も時々行くから、少し強めに注意を受けるだけで済むよう話してみるよ」
そう蓮堂さんは言ってくれたけれど……
反発し無断外出しているだろうタロー君が、さらに窮屈さを感じてしまわないだろうかと心配になる。それが更なる反発を起こす原因となり得ることも、わたしは知っているから――
「そうですか……」
ほとぼりが覚めたら、尋ねにいってみよう。自分に何ができるかも、探していきたいし。
「あ……天使のカードなんですが、この先どうなりますかね?」
「詳しく調べて、問題が無いと確認が取れたら、子供達の手に渡るよう手配するよ」
それを聞いてわたしはホッとした。
たとえ似たようなものが用意できても、それはあの子達にとっての本物ではないだろうから――。
調書の作成が終わると、喜光さんは通信アーティファクトを借りてキョウトの方と連絡を取ると言って署に残った。
わたしと大吉さんは喫茶店へ戻り、翌日の昼にはお店を開け。平穏な時間がやってきて、わたしはその幸せをじっくりと噛み締めた。
◇◆
そして――事件から三日後の夜。閉店時間の直後に、事前連絡をいただいていた蓮堂さんと喜光さんが、ほぼ同時にやってきた。喜光さんはこれまでで一番疲労感を漂わせていて、もしかしたら二人抜けた現場の方がとても忙しいのかもしれない……。
二人がカウンター席に座ると、カロンカロンとドアベルが静かに音を立て、もう一人の来客を知らせてくれる。
「こんばんはー!」
「舞子、珍しいなこんな時間に」
「いいじゃないたまにはこんな時間に顔出したって」
そう言う舞子さんの雰囲気は、先日までと違って落ち着いた感じがしている。
「蓮堂が今日ここに行くって話、聞いてたのよ」
どうやら、長居するつもりはないようで、彼女はカウンターの所まで来るも、立ったまま話し始めた。
「事件が解決したおかげで、少しずつ客足が戻りそうって事も伝えたかったし」
「もう、か?」
「噂が広まるのは早いからね。ありがとう大吉」
「礼を言う相手は俺じゃないだろう」
大吉さんは、喜光さんの日本酒を用意しながら言う。
「俺は巻き込まれただけだしな」
「あら? 私はアンタが大暴れして全部解決したって蓮堂から聞いたけど?」
「それは――」
何か言おうとして黙ってしまう大吉さん。
わたしは、蓮堂さんのビールをジョッキに注ぎながら思い返してみる。
ん。間違ってはいない。
「ま、とにかく。今ここにいるみんなにお礼を言いたくて」
キラキラとした笑顔で全員を一瞥すると、舞子さんは言った。
「みんな、ありがとう!」
「解決に時間がかかって申し訳ないくらいだ。それにそれが俺の仕事だからな、礼はいらんぞ」
「俺の方は特にだな。事件には何も関わっとらんし」
それぞれが、出されたビールと日本酒を受け取りながら言うと、舞子さんが両手を腰に当てて二人の方を見た。
「もー。何なのよアンタら。揃いも揃って!
たとえそれが仕事でも、感謝したらいけないわけじゃないでしょ? 受け取っておきなさい!
それに喜光、思ったんだけど。あんたが来てくれたおかげで襲われる回数が減ってたんじゃないの?」
蓮堂さんの動きがピタリと止まった。そしてじっとビールジョッキを眺めながら言う。
「言われてみれば……そうだな……」
「アレか、身近なヤバい奴にバレないよう、頻度を抑えてたのか?」
「ヤバい奴って……」
俺がか? と言わんばかりに大吉さんを見る喜光さん。
「向こうからしたら、だよ。
だって、お前みたいな特殊部隊で捕獲専門の体力バカ、向こうからしたら脅威以外の何でもなくないか?」
確かにそうかもしれないけど、それにしても言い方が。
わたしは苦笑しながらその様子を見守った。
「とにかく! 少しだけどお礼を持ってきたから。良かったらみんなで飲んで食べて!」
そう言って、カウンター越しに紙袋を大吉さんへと突き出してくる。
「おつまみは、うちのコックに頼んで作ってもらったの。お酒は新しく東北の方から仕入れた日本酒よ。蓮堂も味見して、今度感想教えてよね!」
「今日はビールな気分なんだが……わかったよ」
苦笑しながらも承諾する蓮堂さんを見て、舞子さんは満足そうな笑顔を見せた。
「じゃ、私は店に戻るから。藍華、また今度ゆっくり二人でお茶しましょ」
「はい!」
わたしの返事を聞くと、軽く投げキスを飛ばし、そのまま店を出て行ってしまう。そして、そんな舞子さんを喜光さんは優しそうな目で見送りながらつぶやいた。
「相変わらず元気のいい奴だな」
「あぁ、そうだな」
大吉さんはそう答えると、早速中身を確認し棚上を指して言った。
「藍華、そこの小皿四枚出してくれるか?」
「はい」
小皿を作業台に並べると、おつまみはあっという間に盛り付けられていく。大根の浅漬けだろうか、とても美味しそう。
わたしがお箸を二人の前に用意すると、そこに大吉さんがおつまみの小皿を寄せる。
「まったく。うちでメシも食えばよかったのに。二人して酒飲みにきただけってなぁ」
わたしにも小皿を渡すと、大吉さんはさらに、こちらで用意していたおつまみも二つの大皿に並べながら言った。
「たまにはいいだろ? 今日はゆっくり話もしたかったしな」
蓮堂さんの言葉に「俺は料理しながらでも話せるぞ」と文句を言いながら、盛り付け終えた大皿をカウンターに置く。
そして、キッチン台に残したお皿を、少しわたしの方に寄せて言った。
「俺たちのはこれな」
「ありがとうございます」
二人が来る前に夕食をすませていたわたし達も、食後酒として、大吉さんはビール、わたしは舞子さんの持ってきてくれた日本酒をさっそくいただいた。
「そうだ、約束の物。お待たせ」
そう言って蓮堂さんがカウンターに置いてくれたのは、桜の紋が金色で入った小さな麻袋。
「ありがとうございます!」
中を確認すると、そこには指輪と白い粉の入った小瓶。指輪をはめて小瓶を手に持つと、大吉さんがまじまじとソレを見て言った。
「それか、不思議粉は…………」
不思議粉て。
手の中のソレは今、ふんわりと柔らかく光っている。
「言われた通り、話しかけておいたからかな。署では何も起こらなかったよ」
「鑑定の結果は?」
「鑑定でも特異な表記はなくて、中身は上質なオパールの粉、だそうだ」
ほぉ。オパールの粉なんだ、この子。見た目からじゃ全然わからなかった。
「あそこで見た時と随分印象が違うな……」
そう言いながらわたしの手の小瓶を見て喜光さんは言った。
「できるだけ早く、アーティファクトにしてやるといい。きっと力になってくれるだろう」
「はい!」
わたしは小瓶をポーチに入れ、麻袋を蓮堂さんにお返しする。
「で……お前達。事件に関わった者として、聞いておくか――?」




