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ハンドメイダー異世界紀行⁈  作者: 河原 由虎
第二部 一章 寺院の修復とその裏で動く影
337/343

336.あの男よりも先に僕のことを


 やっぱり。落ちたコインを拾ってくれた宗次さんが――


「奴は相手が強いと燃えるタイプなんでね。

 でも、流石にまずかったと、あれ以来は大人しくしてますよ」


「まぁいいでしょう――再び鍵を手に入れるまでの期間、それ以外の雑用をお願いします」

「……了解」

「それでは……コレをその女の首につけてください」


 自身の胸ポケットからネックレスを取り出し、そう言ったオーナーの顔は、まるで感情のない能面のようで……背筋がぞくりとした。


「それは……例の?」

「そうです。記憶操作系の能力を持つアーティファクト。

 一時間前後から数ヶ月前までの記憶消去が可能だそうです」


 そんなアーティファクトが――⁉︎


「発動まで少し時間がかかる物なのですが……最大のパワーで、どれくらいの記憶が消せるのか、試してみたいと思っていたのですよ……」


 血の気が引いていくのが自分でもわかる。


「せっかくなので、試させてもらいましょう」


 数ヶ月分も消されてしまったら――大吉さんと出会ったことすら――――


 雷喜さんは、東オーナーの元へ行きそのネックレスを受け取ると、再びわたしの後ろに立った。


「や……!」


 大人しくつけられてなるものか! と体を捩ろうとするも、前からオーナーに両肩を押さえられ、ささやかな抵抗すら封じられる。


 大丈夫――きっともうすぐ警察が来てくれる――


 ズキズキとお腹が痛むのを思い出しながら、わたしはそう願った。

 あっけなく着けられてしまったネックレスを見ると、それは薄青い光に包まれていて、細い糸のような光の筋が東オーナーの方に伸びている。


「これは、先日外国から仕入れた物なんですが……対となる物が、一定の距離内で発動した時のみ効果を発揮するという、珍しいタイプのアーティファクトでしてね」


 その言葉に思い浮かんだのは、つい先日レシピを確立した外付けアーティファクト。アレは本体と一体化してはじめて使用できる物だけれど……オーナーの説明からはソレと似たような雰囲気を感じる……


「このブローチが親、そのネックレスが子で。ブローチを発動させる事で、ネックレス装着者の記憶を消してくれるのですよ」


 オーナーがズボンのポケットから取り出したソレを見ると、微かな光の筋は、確かにそれへと繋がっていた。そして、オーナーがブローチの力を解放し始めると、ネックレスも反応している事が分かる。


 そのアーティファクトの仕組とか能力、気になるし興味もあるけれど……こちらに来てからの記憶、無くしたくない……! 


 何か、遠隔操作ができないかと、二人の持つアーティファクトの力を感じ取ってみる。けれど、やはり装着者に順ずるようで反応はなく……代わりにブローチから伸びる光の糸が、ゆっくり、ゆっくりと輝きを増しているのが目に入った。


 時間がかかるというのは確かなようね……


 でも五分や十分と、かかるわけではないだろう。他に何か手立ては……と、意識を部屋内から外の方まで広げていくと、わたしの足掻きに気付いたのか、雷喜さんが横に立ち、何やら話しを始めた。


「大人しくしていてください。僕は今の仕事を諦めるつもりはないですし。貴女は……記憶さえなくなればこれまで通りに過ごせますから」


 陥没事故だって、花街強盗だって、死人こそ出ていないけれど……とても寛容されるような事ではない。

 そんな事をしておきながら……この人は――


「わたしの記憶さえ消せれば……元に戻れると――?」


 まるで「自分は何も悪いことなどしていない」というような雷喜さんの言葉に沸々と込み上がる怒り。それを胸に感じながら、わたしは彼を横目で睨みつけるようにして言った。


「…………」


 彼は今、いつもと違うアーティファクトを身につけているようで、腰につけている感知阻害袋以外は、その気配に覚えのないものばかり。

 そういえばわたしのアーティファクトは今どこに……?


「元に戻るより、もっと良い事になりますよ。特に、僕にとっては」

「良い事……?」

「貴女がトウキョウに来てあの(ひと)と出会ってから、まだ数ヶ月……なんですよね?」


 喜光さんから聞いたのか。


「出会う前まで記憶を消せれたら一番良いんですが。まぁでも……あの男よりも先に僕のことを知ってもらえれば、貴女は絶対に僕の元に来ます」


 その自信は一体全体どこからやってくるのか。屈託のない、まるで子供のような笑顔をして言う彼に、わたしは問うた。


「どうしてそう思うの……?」


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