333.天使のカード
どうしよう、大吉さん……このままじゃ二人が――
「小さなお嬢さん。あなた、そのカードを持っていたんですか?」
「マヤ! 話すなむぐっ――!」
「タロー兄ちゃん⁉︎」
タロー君が、口を押さえられたらしく、くぐもった叫び声が聞こえる。
「大丈夫だよ。少し黙っていてもらいたいだけだから。君のお話をちゃあんと聞かせてもらったら、すぐに離してもらうよ」
どうやらフード男がタロー君の口を押さえたらしい。東オーナーの、マヤちゃんを宥めるようにゆっくり話す声が聞こえた。
「それで。君はその天使のカードを持っていたんですね?」
「……この間まで大切に持ち歩いていたわ……」
マヤちゃんは少し怯えたような声でそう答えた。
「なるほど……教会付近で度々追跡の反応が出たのはそういうわけだったのですね……」
そうか……教会やその敷地内には感知阻害と無効化の仕掛けがあるから――――
「教会って花街近くの?」
「そうです」
「それなら、あそこで張っていたのは無意味じゃなかったってことだな」
「花街の客を襲っていたのは的外れでしたけど」
待って。舞子さんのお店近くで頻発していた強盗事件もこの人達が⁉︎
「では、もう一つ質問させてください。カードは今、どこにあるんですか?」
「……マスターのお姉ちゃんのところよ」
「やっぱり……もう少し上手く引きつければ良かったのか……!」
心臓の鼓動が激しくなった。そして鳴り止みそうにない――――
わたしは……まんまとおびき寄せられてしまったのか……!
「ありがとうございますお嬢さん、とても助かりました」
とても嬉しそうな声で、貿易商オーナーの東は言った。
「カード本体の方、探す手間が省けましたね。またすぐに手筈を整えてもらえますか?」
「あぁ……だがこの子供達はどうしたら……?」
未だフード男に拘束されているらしいタロー君が、もがもがと叫び、暴れている音が聞こえる。
「そうですね……対象が一人なら、ちょうど良いアーティファクトがあるんですが……。
あれは一度使うと修復が必要になる厄介な物で、その金額もバカにはならないので――ひとまず口封じさせてもらうとしましょうか」
‼︎――――
「とりあえず眠らせて、連れてきてください」
「俺は口封じまではやらないぞ」
「専門でもない貴方に、最後までは頼みませんよ。下手を打って、足がついたら困りますし。そういう方々と繋がりがないわけではないので、心配しないでください。
ですが……私の指定する場所に彼らを連れて行くことくらい、やってくれますよね? 責任は半々なんですから」
通報アーティファクトを起動はしてきたけど警察はまだ――
「それぐらいなら……だが、大丈夫なのか?」
「なぁに、たかだか孤児院の子供が二人。いつの間にかいなくなったとて、必死に探す者もいないでしょう」
大吉さんだってすぐにはここまで来れない――
「いっ――!」
「はなせ! コノヤロウ!」
その時、口を押さえていた手にでも噛みついたのか、フード男のうめく声の後、タロー君が叫んだ。
「この……ガキが!」
「ぐあっ」
フード男の怒声の後、ドカっという音とタローくんのうめく声がして、さらに倒れ込むような音が聞こえる――
「何するのよやめて! これ以上タロー兄ちゃんをけらないで!」
マヤちゃん!
気がつくと体が勝手に動いてた。
「アルジズ!」
わたしは部屋に飛び込み、二人を覆うように結界を張った。
「あんた――‼︎」
「貴女は――」
二人の向こう、部屋の奥の方にいる東オーナーとフードの男は、わたしの方を見るなり驚愕の声をあげる。
フードの男は、タロー君を蹴ろうとしていた足でアルジズの結界を蹴ってしまい、その反動で後ろに倒れた。
今のうちに!
わたしは二人に近づいて自らも結界の中に入り、うずくまるタロー君を支え、立たせた。
「タロー君、大丈夫⁉︎」
「あ……あんたは……」
「藍華おねーちゃん!」
これだけ光ってる結界の中なら、同時使用してもバレまい。
「ベルカナ!」
わたしが簡易治療用のアーティファクトを起動すると、タロー君の青かった顔色が、みるみるうちに良くなっていく。
「あ……りがとう……」
お腹を押さえて、なんとか立っている状態だったタロー君は、驚いた顔でわたしを見て言った。
「二人とも早く逃げて!」
――ナニカ、クル――
わたしは意識的に結界の力を強めつつ、二人を逃すため、入ってきたドアを目指す。
結界はより強く光り輝き、飛びきた何か、おそらく撒菱を弾き飛ばした。
ここでわたしがストッパーになれれば、少なくとも二人は無事に逃げれる……!
「今からわたしがアイツらに言うこと、もし聞こえても信じないで――嘘だから!」
この言葉を聞いた子供がどう感じるか……それをわたしはようく知っている。
けれど、少しでも逃げれる確率を高くするために――
がっががっ!
攻撃を受けているようだけど、幸い音が聞こえるだけでアルジズの結界はびくともせず。わたしは無事に二人をドアから通路へと押し出した。
「行って!」
急ぎドアを閉め、わたしが室内へと向き直ると。聞こえてきたのは、なんちゃら貿易会社オーナー、東の声。
「追ってください」
「しょうがないな……」
来る!
わたしは結界を解いて、向かってくるフード男に風のアーティファクトを使う。
「風よ!」
すると男は、部屋の奥の壁まで吹っ飛び、呻いた。
「ぐあっ――!」
これで少しは時間が稼げる!
「追う理由、本当にある? あんな……施設の子供の証言、信じる者なんてほとんどいないでしょう」
それはかつて自分が言われたのとよく似たセリフ――。
できることなら、タロー君達に聞こえていないことを祈って……自分の傷を抉るように、わたしはその言葉を放った。
「それはまぁそうですが…………」
東オーナーは、訝しげな顔をしてそう呟くと、わたしの顔をまじまじと見てくる。
「貴女は先日教会に来ていた人ですよね。何故こんなところに――」
「オーナー……彼女がコインの持ち主です。そして、マスター見習いで……おそらくあの子供から修復を依頼された者です」
フード男が立ち上がり、そう告げた。
口元しか見えず、そこからは誰なのかわからないけれど……この声やっぱり……でも、なんで――
わたしは聞き覚えのある声に動揺した。だって彼は――




