330.「追います」と「それは無理です」
喜光さんの支える瓦礫は、棒人間の指輪を使っても抱えきれる大きさではなく、大吉さんが叫んだ。
「とにかく上の部分から切り崩して横に落としていく! お前は余裕ができたらどんどん下の者を助けろ!」
「恩にきる……!」
大吉さんは言葉通り上の部分から切り崩し始め、わたしは他の動ける人達と共に、先に落ちたという瓦礫の撤去作業を手伝った。
数分がたち、喜光さんの支える瓦礫の下から大きな鉄骨付きのコンクリを引き摺り出してきた時。
空気、といったら良いのだろうか……その場の『何か』が変わった。
「……?……」
わたしが付近を一瞥すると、喜光さんが驚いたように言う。
「結界アーティファクトが――⁉︎」
まさか結界アーティファクトに何か⁉︎
そう思い、設置されている方を見ようとした時、上の方から大吉さんの叫ぶ声が聞こえた。
「危ない、喜光!」
瞬時に黒い雷の幕が現れて、喜光さんに向かって飛びきた何かを防ぐ。そしてパラパラと何か黒い小さな物が地面に落ちた。
「撒菱⁉︎」
喜光さんが横目でそれを確認して叫んだ。
わたしはソレが飛んできたらしき方向、結界アーティファクトの設置されている方を見る。するとそこには、フードを目深に被った男がニタリと笑い立っていた。
「カーキ色の上着……!」
あの人、もしかしてわたしを眠らせて指輪を持ち去った男――⁉︎
男は、大吉さんに向かって何かを投げつけた。
その時、喜光さんを守っていた雷がふっと消え、大吉さんが苦い顔をして舌打ちをして身構える。
「――!――」
大吉さんのあの黒い雷の壁は、本来の使い方ではなく、出力が多いと以前聞いた。もしかして――
「アルジズ!」
わたしが起動したアルジズの結界は、大吉さんを覆うように発現し、撒菱らしき物を弾き飛ばした。
「サンキュー藍華!」
見るとフードの男は、結界アーティファクトを手に壁を駆け上るようにして、陥没現場の上へと登っていく。
アーティファクトを使用しているようには見えないし……物凄い身体能力の持ち主――⁉︎
上りきり、崩れ落ちてきた場所の横に男は立った。そしてその場にいる全員の視線が自分に向いている事を確認するかのように、結界アーティファクトをぐるりと掲げて見せる。
「それをどうするつもりだ⁉︎」
大吉さんが叫ぶと、男はそれを何かの袋に入れた。途端に、結界アーティファクトの気配が消えて、その持つ光さえもが見えなくなる。
「感知阻害の袋……!」
距離がありすぎて男の顔は見えないけれど、背を向けて瓦礫の向こうに消える瞬間、その口元が再びニヤリと笑ったように見えた。
――逃してなるものか――!
感知阻害袋の微かな気配を逃さないように、わたしは感覚を研ぎ澄ませる。
そして装着している“棒人間の指輪”を使い、逃げたフードの男を追いかけて喜光さん支える瓦礫の上へと飛び乗った。
「大吉さん! 追います!」
「――藍華!」
大吉さんが、止めるようにわたしの名を呼ぶ。一人で追うのが得策でないことはわかっている。
わかってはいるけど――
「あの人がこの陥没事故を起こした犯人かもしれないですし、結界アーティファクトを持って行かれてしまっては、いつ突然埋められてしまうかわかりません!」
自分に。どれだけの事ができるのかわからないけれど、今動けるのはわたしだけだと思うから――
「……深追いはするなよ⁉︎」
「それは――無理です。何せ深追いっていうのがどの程度の事なのかわかりませんから!」
わたしは馬鹿正直にそう答え、さらにジャンプして先程男が立っていた場所まで到達した。そしてまっすぐ大吉さんを見て伝える。
「なので……できるだけ早く追いかけて来てくださいね!」
驚いた顔をしていた大吉さんは、わたしの言葉を聞いて不敵な笑みを浮かべた。
「どこかに侵入するとか、接触しそうになった時とか、すぐに連絡を入れるんだぞ!」
それならわかりやすい。
「了解です!」
まず、追いきれるかどうかもわからないけれど……。
色々な覚悟を決めたわたしは、陥没現場を背にした。
自分の気配を消すなんてマネはできないから、出来るだけ距離を取り、目視もしない。
自らのアーティファクトの気配は極限まで抑え、感知阻害袋の微かな気配を逃さず追う。その二点にだけ、わたしは意識を集中した。
男は追跡を警戒してか、八の字を描くように移動していく。どうやら、人の多い場所を選んで移動しているようだった。
もしかしてアーティファクトの気配で追われているとは想定していない……?
追跡を開始し、十数分が経過した頃。日が、だんだんと落ちてきていた。
あと三十分もしたら夜が来る。そうなると、人が減り追いやすくはなるかもしれない。けれどこちらも見つかりやすくなる。なんとか日が落ち切る前に大吉さんが合流してくれると嬉しいのだけれど…………




