327.脂が乗ってて良い時期と現場で起きた不可思議な事
マヤちゃんの手首に身代わり護りをつけてあげて、カードを借りたわたし達は、教会を後にした。
「タロー君。どこに行っちゃったんでしょうね……」
先日この通りで見かけたこともあって、道中買った物を店に置いてから、大吉さんと二人で近辺を見て回った。けれど、タロー君は見当たらず……
「さぁな……危険な所に行ってないと良いが……」
「あの……子供達がしていた教会のブレスレットに追跡能力みたいな物は――」
そこまで言って、それじゃあまるで“管理”されているようで……悲しいことだなと思い、言い淀む。
「あるにはあるが……それを使用するのに少し面倒な手続きが必要だ。
あそこの子供達は監視しなければならない危険な者ではないから……な」
買ってきた物を整理しながら、優しい声で大吉さんは答えた。
その言い方から、昔何かあったのかもしれないと気になった。けれど、わたしは同意だけして、あえてその内容は聞かなかった。昔の事は、今は関係がないと思うから。
「……そうですよね」
夕方になると、いつもと同じように常連さん達も来てくれていた。
そして最近不定期に店が閉まる事を、大吉さんがお詫びしたら……
「大丈夫大丈夫! 大吉っちゃん、もう一個の仕事も再開したんだなーって思ってたから」
「まだ若いんだからさぁ、どんどんやっちまえー!」
「若いって……もう三十五だぞ?」
「何いってんだ! 脂が乗ってて良い時期じゃないか!」
「脂って……」
店が不定期に開く事に対して、苦情の一つも出てこない常連さんばかりで。これも一重に大吉さんの人柄からだろうな、とニコニコしながらその様子を見守った。
「もっと稼いでおかないと、あとが大変だぞ大吉っちゃん!」
「俺たちもあしげく通って、お金落としていってやるから、頑張んなー!」
ガハハハと豪快に笑う三人のおじさん達は「明日の昼にも来るから」と言い、家で待つ奥さんへのお土産にとクッキーを購入し、帰っていった。
「じゃぁ、また明日の昼に〜」
「いつもありがとう、奥さん達によろしく!」
そして、入れ替わるように大きな人影が一つ、店の前に現れた。
「邪魔するぞ」
やってきたのは喜光さん。どうやら今日は一人のようだ。
「お、早いな。今日は早めに上がったのか?」
「あぁ、ちょっと……色々あってな」
色々とは。その表情からは、何だか少々お疲れの様子という事しかわからない。
「お疲れ様です、喜光さん」
いつもの場所、カウンターの真ん中の席に座った喜光さんに、わたしはお水とおしぼりをお出しした。
「ありがとう、藍華さん」
彼は、おしぼりで手を拭くと水のグラスを両手で覆うように持ち、両肘をカウンターについた。
「何だかお疲れみたいですが……琥珀糖、要ります?」
まだ乾燥が途中だけれど、ある事をしたら早く仕上げる事が可能だと気づいたので、聞いてみた。けれど……
「いや、今日は遠慮しておこう。問題は体力的な事ではないから」
そう言ってグラスの水を一口飲んだ。
「何かあったのか?」
「昨日の午後あたりから、不可思議な事が現場で起きててな。その対応にちょっと追われてたんだ」
「不可思議な事?」
「あぁ。今朝からボランティアの人達がきてくれて、ずいぶん作業は捗ったんだが」
ふぅ、と一息ついてグラスを置くと、吉光さんは腕を組んで続けた。
「アーティファクトがなんの前触れもなく発動しない事があってな」
「使用時間とか関係なしに、か?」
「そうだ。それも特定のアーティファクトでなく、特定の人物の物でもなく。そして十数分後には問題なく発動するということがあちこちで起こったんだ」
「使用前に発熱は?」
「なしだ」
「……そんな現象、聞いた事がないな……」
わたしもテキストを読み進めきて、そんな事例がないということは大体わかる。
アーティファクトは発熱して使用限界を使用者に教えてくれる。そして壊れないように、発熱時はできるだけ早く使用を中止して、アーティファクトを休めなければならない。
「壊れたわけでもなく、発熱もなく、ただ反応がないだけ、ですか?」
「そうだ」
何故だろう。
「とりあえず様子を見ることにはなっているが、こんな事が続くと呪われた現場とか言われそうでな……」
ふぅ、と少し重めのため息をつく喜光さん。
「今のところ、大きな問題は起きてないから良いが、大掛かりな作業中突然ソレが起きることも念頭に入れないといけないから。流石に俺も頭が痛いよ」
「明日は……朝と十五時過ぎに注文した食材が届くから店を抜けられないんだが……。
終業時間ギリギリになってもよければ、よかったら調べに行くが……?」
「そうだな……ちょっと来てもらっても良いか?」




