326.天使のカードとその代わり
教会の中に入ると……神社とはまた違うけれど、澄んだ気配というのだろうか──そんなものを感じ、冷たい空気が気持ちよかった。
祭壇の奥の方から子供たちの声が聞こえてくる。
勝手に入っちゃって、大丈夫だろうか? と、思うものの、何も言わずに歩いていく大吉さんにわたしは続いた。
祭壇に向かって左奥の方に行くと、木でできた扉が一つ。開けて出てみると、滑り台やブランコもある、広い庭が広がっていた。
「結構たくさんの子達がいるんですね……」
下は三、四歳くらいの子から、十四、五歳の子達まで、三十人くらいの子達がボール遊び、縄跳び、木登りなどもして遊んでいる。
「近辺に住む子供達の学校も兼ねている場所だからな。そこの建物が校舎。その隣にあるのが子供たちの寝泊まりしている建物だ」
大吉さんがそう言った時、その建物からシスターらしき人が出てきて、わたし達に気づいて軽く会釈をする。
応えるようにわたしと大吉さんも軽く頭を下げたその時、一人の少女がわたし達のところにやってきた。
「おねーちゃん!」
その子は、あの時タロー君と一緒にいた子だった。
「マヤちゃん!」
「お久しぶりね、おねーちゃん!」
両手を伸ばしてきたマヤちゃんを抱き上げて、わたしは聞いた。
「元気にしてた?」
「うん! とっても元気!」
満面の笑みが可愛いな。そう思うと、自然とわたしも笑顔になる。
「あのぅ……何かご用でしょうか……?」
すると、こちらにやってきたシスターがおずおずと問いかけてきた。
「こんにちは。先日知り合った子を探してまして……」
マヤちゃんを抱っこしたまま、わたしは子供達が遊んでいる方を一瞥してみるけれど、タロー君の姿は見当たらず。
「こちらにタローという名の子はいますか?」
大吉さんがそう聞くと、彼女は突然顔を真っ青にし、頭を下げながら言った。
「タローがまた何か悪さを⁉︎ 申し訳ありません……!」
「「…………」」
わたしは大吉さんと視線を交わし、マヤちゃんを下ろして、ここに来た理由をシスターにお話しした。
「ぶつかっただけですし、なんなら悪いのはこちらですよ。彼の物をすぐ返せずにこんなに遅くなってしまったので」
わたしは、タロー君がわざとぶつかってきただろうことは伏せて話をしたのだけれど、大吉さんは、それを黙って聞いてくれていた。
「そう……ですか…………」
胸を撫で下ろすシスターを見て。タロー君はなかなかなやんちゃな子なのだろうと想像がつく。
「それで、タロー君は今?」
大吉さんの問いに、シスターはまた申し訳なさそうな顔をする。
「申し訳ありません……明け方抜け出してしまったようで……まだ見つかっていないんです……」
明け方って……もうお昼の時間──
お腹が空いたら戻ってくるだろう、なんていうのは、大人の勝手な希望で。あの年頃の複雑な感情を抱える子達にそれが通用しないだろうことは、身をもって知っている……けど……
「それは……心配ですね…………」
大人側の事情もわかるようになった今では、それ以上に言える言葉が見つからなかった。
「もし見かけたら……早く戻るように伝えていただけませんか?」
「──もちろんです!」
「先日、うちの店の近くで見かけたんで……。もし見つけたら、なんなら引き連れてきますよ」
「……ありがとうございます……!」
そう言うと、シスターは深く深く、頭を下げた。
「でもじゃぁ、落とし物の返却はタロー君が見つかってからですね」
「そうだな……」
わたしと大吉さんが顔を見合わせてそう言うと、シスターがおずおずと提案してきてくれる。
「私がお預かりすることも可能ですが……」
「それが実は……落ちた衝撃で一部が外れてしまったようで、よかったら修復させてもらいたいな、と……」
「おねーちゃん、それって天使様のカードのこと?」
「えぇ、そうよ。マヤちゃんも見たことあるの?」
「そのカード、今マヤがもってるのよ」
「そうなんだ!」
マヤちゃんはスカートのポケットをまさぐると、件のカードを取り出し、見せてくれる。
「これでしょう?」
「そう、それよ! 綺麗なカードね」
「うん!」
にっこり笑顔のマヤちゃんの頭を撫でながらわたしが言うと、彼女はさらに嬉しそうに答えた。
「この絵、ママに似てるの!」
「そうなんだ……」
キラキラとした笑顔は本当に嬉しそうで、どう言った事情でここにいるのかはわからないけれど、この子がママを大好きなんだと伝わってくる。
「はじめはタローにぃが持ってたんだけどね、マヤがママに似てるって言ったら貸してくれたの!」
「そっか」
「な、マヤちゃん。そのカード、その穴の所に何かがハマってただろう?」
「うん、金色のコインが入ってたわ。でもいつのまにかなくなっちゃったんだって」
ちょっと残念そうなマヤちゃんに、
「それって、これかな?」
ウェストポーチの中の袋からそれを取り出して見せてみる。
「そう、それよ! 太陽さんみたいな金色の!」
パァッと今度は太陽みたいな笑顔でマヤちゃんは言った。
「俺たち、アーティファクトのお店で働いてるんだ。よかったら直したいんだけど、いいかな?」
「アーティファクトのお店……マスターさん?」
「わたしはまだ見習いだけどね」
わたしはポーチの中からさらにもう一つ。身代わり守りを出した。
「コレじゃカードの代わりにはならないとは思うけど……」
「ぶれすれっと……」
「怪我とかから守ってくれる御守りよ。これの代わりにカードを借りていってもいいかな……?」
わたしの手のひらの上にあるそれをじぃっと見つめて、マヤちゃんは言った。
「いいよ!」




