321.盗られた物
「──か! 藍華!」
「ごめんなさい、大吉……私が一緒にいながら……」
気づくと、聞こえてきたのはわたしを呼ぶ大吉さんの声と、何故か謝罪している舞子さんの声。
「大吉さん……?」
いつのまに大吉さんが目の前に?
ぼんやりと目を開けたら、飛び込んできた大吉さんの心配顔。あれ、なんだかデジャビュ。
「藍華……! よかった……!」
心配顔が、ほころんで笑顔になる。
少し
周りを見てみると、そこは細い路地で。わたしは地面に座る大吉さんに抱きかかえられていて、反対側からは舞子さんが覗き込んできていた。
「あれ……わたしどうして……」
舞子さんと買い物中だったはずなのにと、直前の記憶を辿ろうとするけれど、思い出せない。
「あなた背の高い男に、この路地の方へ連れて行かれたのよ。見かけてすぐ追いかけてきたんだけど……そいつ、私がくるとすぐに逃げちゃって……ごめんなさい」
「そんな……舞子さんがすぐ来てくれたから、無事だったんじゃないですかね……?」
特に痛いところもなく、わたしは体を起こしながら微笑んだ。
「どうやら眠らされていただけみたいだな……それでも立派な犯罪だが」
ホッと一息ついて、安心と、少々怒りの混ざった声で大吉さんが言った。
「ところで藍華……何か盗られてないか?」
「盗られて──」
言われてすぐに気がついた。
「指輪が……!」
左手の小指にしていた指輪がない──!
そしてポーチのボタンが外れていることに気づいて慌てて中を見てみると……
「指輪と……何かなくなってるのか……?」
「……さっき買ったばかりの資材とお財布がなくなってます……」
幸い、予備のアーティファクトセットはポーチの一番底の方に入っていたからか無事で。ポケットの常備アーティファクトも無事だった。でも──
大吉さんからもらった指輪…………
「あの指輪は解毒系アーティファクトだからな……多分、藍華は薬系の何かで眠らされたんだ。それに反応し、解毒され始めたのに気づいて奪っていったんだろう……」
ショックが大きすぎて、悲しくて、放心しているわたしに大吉さんは優しい声で語りかける。
「すぐ目を覚せれたのは指輪がその役目を果たしたからだ。
俺は嬉しいぞ? 俺の送った物が藍華をしっかり守ってくれて……」
そう言いながら、わたしの頬に手を伸ばして触れると、そのままいつものようにポンポンと頭を撫でた。
手から伝わる大吉さんの優しさに、じわりと涙が出てくるのがわかる。
「ねぇ……思ったんだけど……」
わたしの涙がこぼれ落ちる寸前、舞子さんが何かに気づいたように話し始めた。
「少し……うちの店の近くの事件と似てない…………?」
「「──!──」」
「解毒の指輪は……一般的かと言われるとアレだけど……眠らされてアーティファクトが盗まれてってとこが……」
確かに……でもなんでわたしが…………?
「とにかく……被害届を出しに蓮堂の所に行こう。舞子、一緒に来てもらっていいか?」
「もちろんよ!」
鼻息荒くそうこたえる舞子さん。
立ち上がるのにふらついてしまったわたしは、しばらく大吉さんに支えてもらいながら、署へと向かった。
◇◆
「盗られたのは、銀の指輪と財布と白い粉。粉はどんな物なのかは不明、と……」
蓮堂さんは、さらさらと用紙に書き込んでいった。
「で、どんな人相だった?」
「背は高かったわ。多分大吉と同じくらいかしら……」
すかさず舞子さんが答えてくれる。
署に行った時、蓮堂さんはいなかった。けれど、蓮堂さんの担当している事件に関係があるかもしれないからと連絡を入れてもらい、出先から戻ってきてもらっていた。
「目深にフードをかぶっていて、顔は見えなかったわ……」
「服の色とかは?」
「長袖フード付きの上着はカーキ色で、長さは膝くらいまである長いもの。……ズボンは、ありふれた感じのジーンズ素材だったわ
性別は多分男よ、細身の男。手の感じと雰囲気からの判断だけど……」
「なるほど……。藍華は何か……気づいたことはあるか?」
話を振られるも、突然後ろからだったし……
「いえ……」
「そうか……。とにかく怪我がなくてよかった。色々な可能性を考慮して、捜査を進めるよ」
「ありがとうございます……」
蓮堂さんは、書類へどんどん何かを書き込んでいく。すると、ずっと難しい顔をして壁にもたれている大吉さんが口を開いた。
「不審な視線を度々感じていたのにな……すまない…………」
その視線と今回の事は関係がないような気がするけれど、どうなんだろうか……?
「そういえばその視線、今は……?」
「御影石の採取に行く時に感じたのが最後だったな。戻ってきてからは、感じていない」
「なら、関係ないんじゃないですか……?」
その視線と今回の犯人と、花街の強盗までもが同一犯だと言われても、とても繋がりがあるとは思えない。
そう思ってわたしが伝えると、大吉さんはさらに深刻そうな表情で言った。
「いや……いずれにしろ俺の危機感が薄れてたのが、今回藍華が襲われたのの要因の一つだ」
大吉さんは別な、自分の根本的なものを問題としていた──




