316.結界アーティファクトのレシピ
「マスターとしてだいぶ力をつけてきた頃、あるベテランのマスターから引き継いだレシピと道具でな」
作業準備を進めながら、大吉さんは何故そのレシピを持っているのか話してくれた。
「こんな大層な結界アーティファクトのレシピ、一般向けじゃないし、いらないって言ったんだが。
研究所にも同じレシピが保管されているから大丈夫って半分無理矢理持たされて」
マスターて。結構クセの強い人が多そうなイメージがしてきた。
うん……いやまぁ……自分含め、ハンドメイダーさん達て結構クセの強い人が多かった気がするから……そうなると、今も昔も変わりなし、か。
「このレシピから作られた物が、実際にキョウトの寺院でも使われているから、効果はお墨付きだ」
驚いたのは、もう一枚の方に書かれていた製法。
二つの指輪の能力は、素材を液状化する物と、それを固形化するための物で、その二つを駆使して作るというその製法は……わたしの知る、あの時代のレジン作業ととても近いものだと感じた──
そうか。再生の日の後……資材が底をついてきた時に、きっと誰かが一生懸命考えた『新しい何かを作る』方法だったんだろうな……。
いまだに、手持ちのレジンが無くなってしまった時の事を考えると、動悸が治らなくなりそうだけど。この方法や、再利用のあの方法と合わせればなんとかやっていけそうな気はしてきた。
「よし、じゃあ始めるぞ──」
久しぶりすぎて上手くいくかどうかわからない、と大吉さんは言っていたけれど。何も失敗することなく作業は順調に進んでいった。
「──こんなところかな」
大吉さんが、出来上がったそれを卓上ランプに翳してじっと眺めながらそう言った。
「……すごいです!」
出来上がった瞬間から、わたしにはそのアーティファクトの光が見えていた。かなり強い光を放っているのが──
「さすが大吉さん!」
もっと小さいサイズで作れたなら、角の一部分にカンをつけてネックレスにもできそう。
それに、他の天然石を使って作ったなら、どんな能力になるのだろう?
そんなことを考えながら、出来上がったそれをうっとりと眺めていると、
「さて、夕食を取ったら今日も早めに休んで。明日、出来るだけ早く修復現場に持っていこう。
明後日からはまた店を開けたいから、帰りに買い出しだ」
「了解です!」
花崗岩の切れ端をいただいたので、自分も少し作ってみようと考えつつ。
談話をしながら夕食を取り、久しぶりにのんびりとした時間を過ごしたわたし達は、予定通り早めに就寝した。
そして翌日。
八時ごろから作業開始だと聞いていたので、その前に渡せた方がいいだろうと、わたし達は修復現場に向かった。
けれど、すでに作業が始まっているらしく。見知らぬ人だったけれど、作業員さんらしい人がチラホラといるのが見える。その手慣れた様子から、ボランティアの方々ではなさそう……と思いながら現場を覗き込んでいると、
「やぁ、おはよう! 大吉と藍華さん。先日は例のアレをありがとう」
別の場所にいたらしき喜光さんが、反対方向からやってきた。
「よぉ! レポートは今度店まで持ってきてくれ」
ちゃっかり催促しながら拳を合わせるご挨拶。
「おはようございます、喜光さん。
あのあと大丈夫でしたか? 副作用とか……」
「なあに、ちょっと余分に寝ればあっという間にいつも通りさ!」
がっはっはっはと笑う喜光さんの後ろから、雷喜さんがひょこりと顔を出し、
「喜光さんの回復速度は、持ち前の化け物並みの体力があるからでしょー! オレは若さで散らしました!」
カラカラと笑いながらそう言った。
他の方は大変だったのかな……
「コレ、差し入れのコーヒーとつまみ。今日はフツーのクッキーだから、気にせず食べて大丈夫だぞ」
「サンキュー。雷喜、休憩所に持って行っておいてくれるか?」
「了解です!」
雷喜さんは大吉さんから差し入れセットを受け取ると、元きた方へと走って行った。
「無事結界アーティファクトはできたか?」
「もちろんだ。使用の方法だが……」
「聞かせてくれ。だが少しあっちの方でいいか? 昨日キョウトからきた助っ人も軽く紹介したいから」
「新顔はそういう事か。早かったな。助っ人の派遣」
「それだけこの寺院が重要だという事だろう。おかげでどんどん作業が進みそうだ。昨日一日でも随分進んだからな」
喜光さんに連れられて少し陥没現場の内部へと向かう。
「多分中心部に設置するタイプだとふんで、少しスペースを取っておいたが」
「さすがだ」
その中心部は、以前来た時よりさらに瓦礫は撤去され、随分と広いスペースが確保されていた。
「全員に使用方法を周知しようと思うが、大丈夫か?」
「もちろんだ。秘匿するほど特別なアーティファクトじゃないからな。
使われてる資材は色んな意味で特別なモノだが」
大吉さんの言葉に、砕かれゆく石像を思いだし、苦笑しながらながら後についていく。
「花崗岩か。今やそのほとんどが政府の管理下だしな」
「一度発動すると一定時間保つ物ではあるが、もちろん休憩もさせないといけない。
誰もが発動できるようにしておいた方がいいだろう」
喜光さんは「よし、じゃぁ……」と呟いて、大きな声で職人さんたちを集めた。
「全員来てくれ!」




