313.さよなら洞窟ただいま喫茶店
夜、ドームの天井は蓄光部分が散らばるようにあって。想像していた通り、まるで星空のようでとても美しかった。
大吉さんと二人きりで擬似星空を眺めるというドキドキムードが盛り上がるかと思ったのも束の間。
肌寒い洞窟内で潜り込んだ寝袋はとても暖かく、緊張と疲れからか、わたしはすぐに寝てしまったらしい。
気がつくと自分の作ったアラームが鳴っていた。
チリンチリンという鈴の音と共に、ランプが煌々と輝き、今が朝七時だということがわかる。
「んん……」
眩しい。
光量調節は課題だな……
薄目を開けると、ランプの向こう側で大吉さんも目を覚ましたようで、転がったまま伸びをしている。
あれ、珍しい。大吉さんがわたしより早く起きてないなんて。
「ちょっと光量下げますね」
わたしは起き上がり、ランプの光量を少し下げた。
朝食を取った私たちは、帰路につき、岩のプラネタリウムに別れを告げる。
そして岩壁まで戻り、わたしはアーティファクトで、大吉さんは変わらず自力で岩壁を登ることに。
「本当に良いんですか?」
「あぁ。コレを期にやっておかないと身体がなまっちまうしな」
「……本当にすごいです。そういう……自分を鍛える精神とか……」
ポフポフと頭を撫でられ、嬉しいけどどこか物足りない感じがしてしまう。
「もう十年は頑張るつもりだから……。サポートを頼む」
十年。サポート。
その言葉に、ちょっともじもじしながら「もちろんです」と答えようとしたら、大吉さんはもう岩壁にしがみついていた。
「いざとなったら助けに来てくれな〜」
そう言われるものの。助ける必要などなく、大吉さんは岩壁を登り切り。そして夕方、日の落ちる頃には、無事に喫茶店へと帰りついた。
◇◆
翌日。朝はゆっくり気の済むまで眠り、昼近くに起きたわたし達は、少し早めな昼食をとりながら今日の予定を確認する。
「じゃ、予定通り資材のレプリカを作るのに警察署へ?」
「あぁ。蓮堂には昨晩、昼過ぎに行くと連絡を入れてあるから。午前のうちに許可も取ってくれているだろう。行ったらすぐ作業に入りたいな」
元となるアーティファクトは警察署を守る結界の要だそうで。署長の許可が必要だとか。
「あ。あと、確実に花崗岩の資材が余るから。藍華もよかったら何か作っていいぞ」
「それは嬉しいです! ちょうど色々想像しちゃってたので」
また時間のある時に案をまとめておこう。
食事を終えたわたし達は、すぐに警察署へと向かった。そして到着すると署の前で蓮堂さんが待ってくれているのが伺える。
「よ! 無事に戻って来れたみたいでよかったよ」
「まぁ、あの程度の場所ならな!」
拳を合わせる挨拶をして、がしぃっと握手しながら二人は言った。
「しかし──本当に藍華まで一緒に行くとは。大変じゃなかったか? あの崖」
「大吉さんのおかげでなんとか……」
蓮堂さんには、人、物を浮かすことの出来るアーティファクトの話をしていないので言葉を濁すわたし。
「で、署の守りを担うアーティファクトをレプリカ化したいということだが、許可は得ておいたぞ」
「さすがだな! サンキュー」
「ただし、条件付きだ。その状態での持ち出しは禁止だ。レプリカ後、素材化するとのことだったが、署内でその作業までやってからの持ち出しになる」
「あぁ、オッケーだ。元々そのつもりだったから。あんなモノ店に飾っときたくないしな」
あんなモノとは。
「で、ここからは可能だったら、の話なんだが──」
蓮堂さんは、大吉さんにヒソヒソと小声で何かを話した。すると、大吉さんは堰を切ったように笑いだす。
「はっはっはっはっは! 希望者が殺到? あのオッサンそんなに署員から恨まれてたっけ⁇」
滲んだ笑い涙を拭いながらそう言った。
「こないだのアレでな。出張って現場かき回していったからなー」
……?……話が見えない。
なんだか一人置いてけぼりで。いまいち進みきらない関係に、友人と言う立ち位置な蓮堂さんが羨ましくなってしまう。
「いったい何の話なんですか? わたしにもちゃんと教えてくださいよ」
そうスネ気味にわたしがブツクサ言うと、
「すまない! 藍華には見せた方が早いだろう。とりあえず行こうか」
蓮堂さんが署内へをわたし達を招き入れた。
そして案内された先には──
「この……石像は…………」
御影石で出来たオジサンの石像が、十二畳くらいの部屋の真ん中に設置されていた。
等身大……なんだろうか。わたしはその石像の顔を見上げて思った。
ちょっと小太りで髪はふさふさ。丸いメガネをかけているそのオジサンの像を──
「ここの署長の石像だ」
ぷくくく、と笑いながら大吉さんが言う。
「代替わりする時に石像も作り替えられるんだ。下の台座部分である程度のサイズ調整ができるようになってるんだが」
下の台座と言われて見てみると、石像に対しては少し薄く感じる、五センチくらいの厚みの石板があった。
「ギリギリだったんだよなぁ。最悪、台座無くなるかもって言われてな」
今度は蓮堂さんがそう言いながら笑いを噛み締めた。




