309.光石と謎石
「じゃぁ、先に目を瞑って。合図したら目を開いて」
「はい」
今いるスペースは、動かなければ下に落ちる心配はない。ないけれど、少し身構えてしまう。ランプを消せば、待つのは本当の暗闇だと思うから。
目を瞑ると、聞こえてくるのは自分と大吉さんの呼吸音だけ。目で見ていないと、聴覚が敏感になるって本当なんだ……大吉さんの呼吸音がとてもハッキリ聞こえる気がする……
気がつくと、構えていた身は不思議と緩んで、落ち着きすら感じていた。
しばらくすると、瞼の下からでもランプが消えた事がわかる。
「よし、良いぞ。目を開いて、岩壁を見てみな」
言われて目を開くと。わたしを待っていたのは、目を開いているのか瞑っているのかもわからない暗闇──
ではなかった。
「これは…………」
目に入ったのは、まるで星空かのような光景。
崖の向こう側の岩壁の方にも、はるか上にある岩盤にも、点々と光る何かが見えた。
ふと自分の下と、もたれている壁も見てみると、もっとハッキリ見える。
その淡い光り方と光量から、星ではない事はわかるけれど……
まるで宇宙空間にいるみたいで
「綺麗…………!」
お互いの姿を確認できるほどまでの光量ではなかったけれど、確かに何かが光っている。
「なかなか良いだろう? コレはライトがついたままだと見えないからな」
もしかして蓄光素材……?
でもそれだとあんなランプの光も届かないような高い場所が光ってる理由が…………
「これは……ライトが消えたままだとだんだん消えていくタイプの光ですか?」
「そうだ。ライトを消してからすぐが一番よく見える」
「蓄光ですか……」
「あぁ。光石と呼ばれる素材だ。他の洞窟ではここまで大きく沢山の物は見られないから」
その蓄光の光を眺めながら、何故かだんだん小さくなっていく声を穏やかな気持ちで聞いていると、
「……藍華に見せたかったんだ」
そうポソリと大吉さんが呟くのが耳に入り、急激にわたしの胸は早鐘を打ちはじめた。
「…………」
嬉しくて言葉が出てこない。
一瞬ここが崖の中腹なのだということを忘れそうになったけれど、どこからか吹いてきた小さな風が頬を撫ぜたので、わたしの意識はピンクなエリアから瞬時に帰還した。
「この素材はランプ系のアーティファクトによく使われてるんだ。連続使用の合間にもこうやって光ってくれるから」
「そうなんですか……わたしも全ての鉱物を知っているわけではないですが……あちらでは聞いたことのない素材なんで、この世界特有の物なのかもしれないですね」
しばしの沈黙をどう感じたのだろうか。わからないけれど、それまでと同じような雰囲気で大吉さんは続けた。
「ここのは質が良いものが多いし、この先のザレ場にもあるから、それも少し採取して帰るか」
「はい!」
質が良いということは、明るかったり、長く蓄光したりということだろうか。
「あの上の方にあるやつなんかも、すごい良質な物でしょうね。だって、ものすごく高いところにあるはずなのにあれだけ光ってみえるんですもん」
わたしがそう呟くと、それまで穏やかに感じていた周りの空気が変わった気がした。
「高いところに……?」
「はい、まるで星空みたいで綺麗ですよね」
「…………」
もう一度見上げ洞窟の中の星空をうっとりと眺める。
アーティファクトであそこまで飛んで行ったら、何とか採取できるかしら。でも崩れてきたりしたら大変なことになるから無理か。
そんなことを考えていると、大吉さんが少し緊張したような声で言った。
「藍華、それは俺には見えないモノだ」
「……え……」
大吉さんには見えない……?
「じゃぁもしかしてアレって……」
「アーティファクト……の、資材になるモノの光か……?」
アーティファクトやレプリカの光が見えるのは、まぁわかる。力を持つ物だから。けれど資材の光が見えたことなんて……
ハッと気づいてわたしは手元や背にしている壁を見た。
「光り方が少し違う……!」
沢山光っている場所があり、満遍なく混ざり合って点在していてわかりにくかったけれど、確かな違いがある事に気づいた。
「大吉さん、ここは光って見えますか⁈」
そう言ってわたしはその箇所を指差した。
「いや。俺には見えない」
ハッキリとそう言い、続ける。
「そのまま、指差したままいてくれるか? どのくらいの範囲かもできたら覚えててくれ」
「わかりました」
返事を聞くと大吉さんはすぐさまライトをつけた。
「ライトオン」
明かりが付き、幻想的な星空が消え、ただの岩壁が姿を現す。
「ここです」
指をさしたまま、わたしはその部分を視る力を使用してみた。
すると、僅かだけれどその箇所は確かに光って視える。
「明かりがつくと見えにくいんですけど、ハッキリわかります。これくらいの範囲です。」
「岩壁はあまり削りたくないんだが、ちょっと持って帰ってみるか」
大吉さんは慣れた手つきでその部分を掘り取り、採取した。




