304. まるで女児向けアニメの変身シーンのような……
わたしが自室で収納袋のレプリカを作っている間に、喜光さんと、お仲間さんが来たようで。作業を終えて部屋のドアを開くと、楽しそうな話し声が聞こえてくる。
喫茶店の方へいくと、全員が晩御飯のスープを食べている最中だったけれど
「皆さん、お疲れ様です!」
「ありがとう、藍華さん」
「どうもです」
「うす」
「「お邪魔してます、ありがとうございます」」
「明日出発で忙しいところ、すまないな」
「いえ、大丈夫ですよ」
それぞれに、元気よく挨拶をしてくれる。
この感じは……まだ効いてるな? 琥珀糖。
「皆さん……お風呂ってどうしますか?」
彼等が泊まると決まって、一応ちょっと念入りに風呂掃除をしておいたので聞くと、
「はっはっは! 一日くらい入らなくても死にはしないさ!」
「そこまでお世話になるのはちょっと……」
「そうですね……それに多分そろそろ効果が切れるんで、風呂に入ることもままならなくなると思います!」
喜光さんに続いて、雷喜さんと妙にテンションの高い康介さんが答えた。
「お前ら。仮にも接客する場所に寝泊まりするんだ。身綺麗にはしておけ!
これ使っていいから」
大吉さんはそう言って何かをポケットから出してカウンターに置いた。
「それは……」
キョウトへの護衛の仕事の時に、商隊のユウリさんが持っていたアーティファクトとよく似ている。
けれど、その内部に浮かび上がる模様、それがどこか見覚えのある物で──
「碧空のアーティファクトのレプリカだ。服も体も綺麗にしてくれる」
それはシンプルな空枠の中で、小さな青いオパールの球体が右上に浮かび、それを包むように模様が描かれていて。流水のような金の模様を挟んで水色の細石のようなものが入っていた。
「ほぅ……ありがたいが、お前がこんな物を持ってるとはな」
「昔ある人に店をやるなら常に身綺麗にしとくのが礼儀ってもんだろ、って言われてな。その時からだよ、気にしだしたのは。
前使ってたやつはヒビが入って使用不可になったんでな。もう必要ないかと思って修復もせずにいたが……護衛の仕事の時、やっぱり欲しいと思ったんで新調しておいた」
そう頬をかきながら言う大吉さん。
「二、三日留守にするとはいえ、店が男臭くなったままってのはごめんなんでな。全員ソレで綺麗になってもらおうか」
そして──なんとも奇妙な、服ごと丸洗いされる姿を……なんか、まるで女児向けアニメの変身シーンな状態を経て、お肌までツルツルと化する面々の姿を、わたしは目撃することとなった。
ん。使う前に心の準備ができてよかったと思っておこう。ってか大吉さんもコレを……?
◇◆
そして翌日早朝。
わたしが起きた時にはもう、大吉さんがオニギリの山を築いていた。急ぎ手伝い、全員分の朝ごはんとしてオニギリ、茹で卵、枝豆を弁当箱に詰める。
大吉さんは、洗い物を始める前に喜光さん達を起こし、起き抜け用にお茶を用意した。
全員が飲み終わり、出発の用意を終えた時、弁当を渡しながら大吉さんが喜光さんに話をした。
「弁当は朝食の足しにでもしてくれ。あと、悪いが水筒までは人数分なくてな、飲み物は自分たちで調達してくれ」
「十分だ! 弁当だけでも助かるよ。昨晩も遅かったのに、すまないな」
お弁当を鞄に入れながら言う喜光さん。
「良いってことよ。そのかわり、また何かで力になってくれ」
「もちろんだ。ひとまず、結界用の資材調達、よろしく頼んだ」
「おぅ」
大吉さんと喜光さんは、ガシッと握手した後拳をぶつける挨拶をした。
全員の用意が終わった事を確認した喜光さんは、
「じゃあ出発するか。大吉達が帰ってくるまでにどれだけ進められるか。結界なんざもう必要ないぞと言えるくらいまでいけたら俺の奢りで夜の街に繰り出しても良いぞ」
「喜光さん。全員に化け物並の仕事させるつもりっすか」
「やめてくださいよー。夜の街に繰り出しても干からびてたら何も楽しくないですから。
あ、僕は行かないですけど。どっちかと言ったらここに来て藍華さんと──」
そこまで言って、大吉さんの視線に気づいた雷喜さん。視線をわたしからゆっくり離しつつ、その声はだんだんと小さくなっていった。
「お話できたら嬉しいなー……」
「営業時間内なら、いつでもこい。大歓迎だ」
言っている事はただの営業勧誘の言葉なのに。何故か圧を感じる気がする。
「さ、いくぞ雷喜」
「また、現場に来てくださいね! その時こそ、僕の勇姿を見ていってくださいー!」
「その勇姿、俺にも見せてくれ」
康介さんに引っ張られるようにして連れていかれる雷喜さんを最後尾に、修復師さん達は出発していった。




