303.アグネスとの約束と、自分の心
「そうだな……アーティファクト、レプリカ、何をどうしたら副作用が出るかってのは、もう一般的に知られてることだし」
「食品アーティファクトでも副作用が出る法則は同じだろ?」
フェイの言葉に大吉さんは静かに頷き答える。
「利権とか、矜持とか。そういったモノも複雑に絡み合って受け入れられなかったんだろうな……」
利権ほどくだらないと思うモノはないけれど。
矜持は……その話を断った時は存続が危ぶまれるようになんてなるわけがないと思ったのだろうか? それとも、そこまでしても守りたい、大切な何かがあったのだろうか…………。
耐える寸前まできてしまっている実情に、何故か悲しさと寂しさを感じる気がした。
「研究所含む政府側としては、職人のなり手を集め育成していく事を最終目標としている。
そにためにも、少しでも食品アーティファクトが一般的に感じられるよう、キョウトだけの“特別な物”ではなくなるよう、地方に職人を派遣し提供をする計画もあると以前研究所の叔父から聞いたことがある」
「それって。藍華の存在は、ある意味渡りに船なんじゃないか?」
アグネスが言った。
「その通り!
そんなわけで。レポートをみんなに頼んでるのも“研究所に引き渡せるように”という考えあってのことなんだよ」
「なるほど、それでもう販売のことまで考えてたんですね、大吉さん」
「私も納得だ。よーくわかった!」
「なら、レポートもしっかり書けれるな?」
フェイのその言葉を聞いて、アグネスは再びカウンターに突っ伏し、言う。
「QアンドA形式で作ってくれ……そしたらちゃんと自分で書くから……」
「しょうがないな……じゃぁざらっと、どういう事が知りたいかだけメモるから」
大吉さんはそう言うと、喫茶店の注文をメモする用紙に質問の項目を書き始めた。
その後、アグネスとフェイの二人は軽く夕食を食べると、発掘に向かうための準備もあるだろうしもう行くよ、と言って会計を済ませた。
しばらく会えないかと思うと名残惜しくて、わたしは見送るために店のドアを開きに行く。
「ありがとう藍華。
じゃぁな、大吉! 二人とも気をつけて行ってこいよ」
「あぁ」
大吉さんの返事を聞き、フェイが外へと出る。
「藍華、また今度ゆっくり話そう」
「はい……」
少し頭がスッキリしていたわたしは。アグネスの言葉に、自分が何を相談したかったのか思い出し。話すと言ってもどうやって話したらいいものかと再びもじもじし始めてしまう。
そんなわたしを見てアグネスは他の二人には聞こえないように耳打ちしていった。
「何か悩んでる事があるなら思い切って大吉に話してみ。話す勇気が出たら、だけど……」
ん。無理──‼︎
彼女はわたしが何を相談したいのか、気づいていたのだろうか……。
背を向け、行ってしまう二人にわたしは言った。
「お二人も、お気をつけて!」
何かを楽しそうに話しながら手を振りながら去っていった二人は、とても仲が良さそうに見え、羨ましく感じる。自分もあんな風に大吉さんと接していきたいのかな…………
二人を見送った後、何組かのお客さんが来たけれど、閉店時間にはもうはけていた。
お皿を拭きながら、あることを思い出したわたしは、大吉さんに問いかける。
「そういえば大吉さん。あの、クゥさんの収納袋、今回は使用しないんですか?」
「あぁ、あれな。まだ届け出してないし、先にレプリカを作ってからと思って」
アレのレプリカ。
「よかったら、わたしが作ってもいいですか? そのレプリカ!」
ウキウキしながらそう言うと、大吉さんは「もちろん」と言ってくれた。
「藍華なら、わざわざレプリカにしなくても、作れそうな気がするが」
「それは──なんと言うか、無理です──」
自分の中の何かが、それを良しとしない。
「レプリカでなく、一から作るというのはちょっと……」
あの棒人間のだけでもう──
やりたくはない。
この世界で生きていきたい。けれど、まだその気になり切れていないのだろうか……。何の嫌悪感も無しに作ることができなさそうで、わたしはそう言い淀む。
「そうか、わかった。
じゃぁ、レプリカ作業をよろしく頼むよ」
わたしの意を察してくれたのか、大吉さんはそれ以上何も言わないでいてくれた。




