300. 押さえつけられたドアベル
「了解した。ありがとうな」
「レポートか…………」
フェイは快く引き受けてくれ、アグネスは書類系の作業は苦手なのか苦笑いしながら呟いた。
「効果の程によっては物凄い借りになるな」
「借りだなんて! 効果の保証出来ない物の実験台になってくれると言うんですから、貸し借りは無しですよ。ね? 大吉さん」
フェイの言葉に即座に反応し問いかけると、
「あぁ。喜光達と二人がレポートを書いてくれれば、最低限の審査まで持っていけるし。
俺としても、テスターを引き受けてくれて感謝してるよ」
ニコニコしながらそう言う大吉さん。
あ、そうなんだ。
ちゃっかり販売へのルートをしっかり確保しようとしてる大吉さんってスゴイ。
「はっはっは、わかった。しっかり引き受けよう。アグネスもレポートちゃんと書けよ?」
「……わかったよ。ちゃんと書く。でも、お手本は頼んだフェイ」
そう言いながら、アグネスはガックリと肩を落としていた。
「何か気づいたことがあったらでいいので。教えてください」
詰め終わった瓶を渡すと、アグネスは苦笑しながら「もちろんだよ」と言って受け取り、腰につけたままのポーチに入れた。
その様子を笑顔で見ていたフェイが、カウンターに身を乗り出しながら大吉さんの方を見て話し始める。
「……ここ数日の間に次の仕事を見つけてな。これからまたキョウト方面に行くことになったんだ。道中、しっかり試させてもらうよ」
「しばらくこの近辺で仕事するのかと勝手に思ってたんだが、結構慌ただしいな。仕事の内容については聞かないが、移動は馬か?」
「あぁ。またこっちには戻ってくるから、その時は顔出しに来るよ」
そうか……アグネスにもっと相談したいこととか聞きたいこととかあったんだけど……。いや、でもどうやって聞けば……⁉︎
「出発はいつだ?」
「二日後だ。お前たちが帰ってくる頃にはもうここにはいない」
すれ違いで出発……
「じゃぁ……しばらく会えないんですねー……」
ここ(この世界)にいるなら──必ずまた会える。
「気をつけて行ってきてくださいね!」
「藍華もな!」
少し寂しいけれど、わたしが元気よく伝えると、アグネスも嬉しそうに応え、わたし達は目を合わせて微笑んだ。
「ところで、軽く飲んでくか?」
大吉さんが手で何か持ち、飲む動作をして二人に見せる。
「軽く、な」
「私はビールで!」
「了解。藍華、裏行って取ってくるから大小のグラス、用意しておいてくれるか?」
「はい」
フェイが小でアグネスが大、と。
大吉さんが食糧庫の方へ向かい、わたしが専用冷蔵庫からグラスを出してカウンターに置くと、
「そういえば藍華、さっきの話の続きだけど……」
ドキン
胸が高鳴る。
話の続きと言っても。あんなこと……どうやって聞いたら──
ドキドキがぶり返し、もじもじしながら下を見て、せめてアグネスと二人きりの時に……と言おうとしたその時
ゴッッ
店のドアに何かぶつかる音がしたかと思い見ると、ドアベルは鳴り切ることなく開いた壁に挟まれた状態だった。
そのドアを押さえているのは肩で息をする蓮堂さん──
「い……いらっしゃい? 蓮堂さん……」
「あの……! 差し入れのブツは……なんなんだ……⁉︎」
差し入れのブツって…………そうだった。蓮堂さんにも差し入れで持って行ったんだった……!
「あれはわたしが作った試作品の琥珀糖なんですが……何かあったんですか……?」
わたしがそう恐る恐る聞くと、蓮堂さんは押さえつけていたドアから手を離し、ゆっくりとカウンターの所まで来た。
カロン……カロンカロン…………
解放されたドアベルが少し悲しそうな音に聞こえるのはわたしの気のせいだろうか。
蓮堂さんは、先ほどまで喜光さんが座っていた場所に座ると、呼吸を少し整えてから口を開いた。
「アレを食べた署員たちが、こぞって夜勤に立候補しだしてな……」
夜勤に立候補。
「事務が慌てて采配してる所に所長も来てそれを食べたんだが」
「お、蓮堂、来てたのか。どうした?」
大吉さんが、持ってきたビール瓶を四本カウンターキッチンに置いて、蓮堂さんに話しかけた。
すると、小皿の上に乗せられた一粒を指して、蓮堂さんが答えた。
「それを食べた所長が現場の指揮を任せろと言って、申し送り書も書き終わってない俺を署から追い出したんだよ」
「…………」
無言になった大吉さんが、なんとも言えない顔をしてこちらを向いたので。わたしは苦笑しながら大ジョッキをもう一つ冷蔵庫から取り出した。




