299.用法と容量は守りましょう
「で、喜光はなんで来たんだ? 現場監督してなくて良いのか?」
あ、本当だ。責任者なんじゃなかったっけ? 喜光さん。
「だから来たんだよ、全員分のメシ確保に。作業が終わる頃にはどこの店も閉まってるだろう。悪いが今晩、全員連れてくるから夕飯を頼んでも良いか?」
そう聞くと、残りの水も飲み干してコトンとジョッキをカウンターに置いた。
「……ったく……しょうがないな。オッケーだ。なんなら店で良ければ雑魚寝してくか?」
そんな遅くに宿まで帰るのは大変だろう、と大吉さんが申し出た。
「良いのか?」
「資材調達のために二、三日店閉めるんで、痛みそうな食材処理に来てくれるなら助かる。その代わり、明日の朝は叩き起こすぞ。八時にはここを出発するから」
ん、明日は八時出発。というか、そうかー……喜光さんたちがここに泊まってくのかー……
色々な感情が渦巻く心を抱えつつ、わたしは脳内のノートに出発時刻をメモした。
「助かるよ! そうと決まったら、急いで戻って俺も手伝ってくるか!」
そう言って喜光さんが立ち上がる。
よく見たら、彼は普段身に着けているアーティファクト以外なんの荷物も持たずに来たようだ。
「気をつけてな! あ、ポット持ってきてくれよ?」
「了解した!」
うん、やっぱりなんだかハイテンション。
「お気をつけて」
追加を頼みたいと言われたのは嬉しいけれど、そのハイテンション具合が少ししんぱいだな……。
そんなことを考えながら、わたしも苦笑しながら彼を見送った。
そして。喜光さんが出ていって、軽く嵐が去った感のある喫茶店では──
「なぁなぁ、藍華! 見せてくれるか? それ!」
今度はアグネスがハイになっていた。
「もちろんです……! というか、味見……してもらいたかったんですけど……わたしも味見したかったんですけど、今はやめておいた方がいいですよね──」
喜光さんのあの様子では、かなり大きな効果があるのだろう。今食べたらダメなのかと、少し残念な気持ちで小皿に一粒だけ琥珀糖を出した。
「おぉ〜!」
「すりガラスみたいな見た目なんだな」
「乾燥する前は、ツルツルで、宝石みたいなんですけどね。乾燥すると、こんな感じになるんです」
わたしも実際に作るのは、これが初めてなのだけど。缶に入れる前は光っていなかった。ということは……缶に入れた後も乾燥が進み、完成したということだろうか。
「今は無理でも、味見はしたいな。よかったら小さい入れ物に分けてもらってもいいか?」
「大吉さん、何か入れ物あります?」
「あぁ、再利用の瓶で良かったら」
「オッケーだ。ありがとう」
大吉さんは棚の上から、手のひらに収まるサイズの、紅茶のラベルが張られている瓶を下ろしてくれた。
わたしは蓋を開けて、そこに琥珀糖を移しながら、気になっていたことを誰とはなしに聞いた。
「ところで、透明に近い色の琥珀糖が体力回復って事は、他の色の物は別の効果があるんですか?」
「あぁ、例えば赤はやる気度や戦闘力が上がり、青は思考力が上がる」
「反動とかはないんですか……?」
栄養ドリンクは、沢山飲んだら体に悪い。何かそういったことがあるのだろうか。
「多用すればもちろん反動はある。使用後無力感に襲われたりとか。
あと、太る」
「…………」
砂糖ですから。
「あはははははは! 当然だな、砂糖だしな!」
アグネスも同じことを思ったようで、そう言って笑っていた。
「薬感覚で朝昼晩に少量なら大丈夫だ。まぁ、今回藍華が作ったタイプのは朝昼のみにした方が良いだろうが」
今日食べてもらって、問題がなければ喫茶店デザートメニューに加えてもらおうと思っていたのだが……やめといた方がいいのかもしれないな。
「喫茶店で出す場合も、ちゃんと周知すればいいだろう」
ダメかと思ったら、まさかのゴーサインに、自分でも表情が明るくなるのがわかった。
「そうだな……その透明の物と、精神力回復系になる緑系のやつや、癒し効果がある青と緑の間のような色のを常備できたら、バカ売れするかもしれない……」
顎に手を当て、真面目な顔をして言う大吉さんに、アグネスが話しかけた。
「ところで、その琥珀糖、いくらなんだ?」
「これは……試作品なので……」
いくらも何も、まだ販売まで考えていなかったしと、わたしが困った顔をして見ると、大吉さんは……
「そうだな、今回はいいよ。その代わり、摂取後感想等を詳細に書いてくれ。できるだけ詳細に」
代金の代わりにレポートを頼んだ。




