298. 食品系アーティファクト『琥珀糖』
「よっ! 久しぶりー!」
「邪魔させてもらうぞ」
約束通り、アグネスとフェイがやってきた。
「アグネス、フェイ! いらっしゃいー!」
わたしはバックスペースと店とを区切っている暖簾をはためかせ、アグネスに飛びつく。
「おぉっとぉ! どうしたどうした? 藍華」
自分でもわからないけど、なぜかすごく嬉しかった。今ここにアグネスが来てくれた事が。
「……なんだか嬉しくって……」
頭をヨシヨシされて、またさらに嬉しく感じる。大吉さんへのドキドキとは違って落ち着く感じが心地よい。
「どうした? 大吉との事で何か嫌な事でもあったのか……?」
ぽそりと耳元でそう言われ、思わずガバッと離れて否定する。
「いいえ! ないです! それはないです! っていうか──」
そこまで言って、少し……気づいてしまった。自分の行動の理由に……。
“何かあってほしい”のだと────
「どうしたんだ? 二人とも」
おしぼりを出しながら言う大吉さんの声に、ビクっと反応してしまい。
「なんでもないですよー。あ、わたし裏から琥珀糖持ってきますね!」
必死に冷静を装ったわたしは、タイム! と言わんばかりに少しだけその場を離れる選択をした。
薄暗い食糧庫にて。
わたしは一人、大きすぎる心臓の音が早く治るよう胸に手を当てていた。
一応両思いなんですよね……? わたし達。
キョウトからの帰りは仕事中だったから、わかるけれど……じゃぁ今は……⁉︎
左手小指の指輪がきらりと光る。
その時、鳴り止まぬ心臓の音すらかき消すように、ドアベルの音が響いてきた。
「おい! 大吉!」
入ってきたのはどうやら喜光さん。慌てたようなその声に、何かあったのかと思い、わたしは琥珀糖の入った大きな缶を持って急いで喫茶店へと戻った。
「ど……どうした、喜光……?」
あまりの慌てた喜光さんの様子に、大吉さんは目を丸くして言った。
「あの……! 差し入れの琥珀糖……! 誰が作ったんだ⁉︎」
え。琥珀糖が何か……
「わ……わたしですが…………
もしかしてどなたか食べてお腹壊したとか……⁉︎」
彼のこの慌てよう。仕事仲間が食べて倒れたのでは、と思ったわたしは、身体から血の気が引く感覚を感じていた。
「違う……! 逆だ!」
逆…………?
「待て、落ち着け喜光。まずこれでも飲め」
青い顔するわたしの横で大吉さんが、喜光さんにコップ一杯の水を差し出した。
カウンター席の端に座った喜光さんは、一気にソレを飲み干すと、ぷはーっと一息ついた。
「……すまん、ここまで慌てたのも久しぶりで……」
「何があったんですか? 琥珀糖に問題があったなら教えて欲しいんですが……」
わたしは冷たいおしぼりを彼に差し出し、恐る恐る聞いてみた。すると──
「問題どころか! 追加を頼みたいくらいだ!」
「……?……」
「説明を頼む。喜光」
「あぁ、その前にもう一杯水、頼んでいいか?」
言われて大吉さんは、冷蔵庫で冷やしてあった大きなビール用のグラスに、少しの氷と水を入れて喜光さんに渡した。
「ありがとう」
受け取った喜光さんはそれを半分飲むと、ようやく人心地ついたのか、話し出した。
「受け取った差し入れ、別の場所で作業してる連中の所に持って行ったらな、大物の修復中で、ちょうど手が離せないってんで。あの後すぐには食べなかったんだ」
アーティファクトでの修復も、それなりに時間がかかる作業のようだ。
「で。仕事終わり、明日の打ち合わせをしながらいただこうとして缶を開けたら──」
開けたら……?
ごくりと息を飲んで次の言葉を待つ。
「光り輝いてたんだ」
光り……輝いて……⁉︎
わたしは急いで持ってきた缶を開いた。すると、漏れ出る光が──
「……!……」
横から大吉さんが覗き込んできて言う。
「俺には美味そうにしか見えないんだが……光ってるのか?」
「……はい、確かに……アーティファクト特有の淡い光が……!」
「食品系アーティファクト、琥珀糖。作れる者が激減していて、キョウトでもなかなか手に入らないんだ」
もしかしたらできないか、と期待がなかったわけではない。アソコで聞いたあの話から──。(※第一部229話参照)
けれどまさか本当にできるとは……!
「で……食べたのか?」
「もちろんだ」
「どんな効果が……⁉︎」
大吉さんの問いに、喜光さんは未だ興奮冷めやまぬ様子で答えた。
「透明に近い色から体力回復系だとは思ったが、ビンゴだった」
「体力回復か……! それは良いな!」
「マジかー! じゃぁそれの味見、今はよしておいた方がいいかもな!」
フェイとアグネスが言う。
「そうなんですか?」
「一日の終わりに摂取すると、元気になっちゃって眠れなくなる可能性が高いからな」
「なるほど……!」
大吉さんの説明に、超納得。え、でもじゃぁ喜光さんと他の修復師さん達は……
そう思い、喜光さんを見ると、
「おかげさまで皆んな元気満タンで、今日は日が落ちるまで作業すると言って張り切って作業に戻ってったよ」
そう言って笑っていた。
でも、それって。明日に響いたりとかしないのだろうか?
「そうか〜君が作ったのか! 本当にすごいな!」
心なしか、少しハイテンションになっている気がする喜光さん。アレかしら、栄養ドリンクのような効果があるって事なんだろうか。
「喜光、藍華はまだ免許持ちじゃない。製作者の情報は仲間内でも漏らさないでくれよ?」
必要だったらまわすけど、と付け足して大吉さんは少し小さめの声で言った。




