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ハンドメイダー異世界紀行⁈  作者: 河原 由虎
第二部 一章 寺院の修復とその裏で動く影
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296. 昔話

『ベルカナ』


 わたしのズボンのポケットの中で、ウォレットチェーンの先についている“ベルカナ”のアーティファクトが、一瞬だけ輝き、その力を発揮した。


 手を退けると、血の跡は残っているけれど、傷はもうなく。擦りむけていたところには、砂がついているだけのようだった。


「ほら、痛いの飛んでった! ぽんぽんして砂を落としてごらん」

「ひっく……」


 悲壮な顔をして泣いていた少女は、わたしの顔を見て大粒の涙をボロボロとこぼした。


「やぁあぁ」


 いまだ涙を流し言う少女に、どうしたら泣き止んでくれるかなと戸惑いながらその頭を優しく撫でていると、どこからか歳の頃が十歳くらいの少年が飛び出してきて叫んだ。


「お前たち、そいつに何したんだ⁉︎」


 右手を振り上げ、飛びかかるようにして駆け寄ってきた少年に驚いて思わず目を瞑った次の瞬間。


「何するんだ!」


 という少年の声が聞こえた。

 恐る恐る目を開けて見ると、大吉さんに振り上げていた手を捻りあげ、さらにもう片方の手も掴まれている少年の姿が。


「俺達は転んじゃったこの子に声をかけてただけだ。お前こそなんだ? 俺たちがあそこの店から出てきてからずっとつけてきてただろう」


 この子達が……?

 大吉さんが気にしていた見てるだけの視線の主……とは別よね。もしそうならこんな簡単に捕まりはしないだろう。


「というか、こんな小さな女の子に何をさせようとしてたんだ? ぶつかってきたのもわざとだろう?」


 それでか。この子がぶつかって来る直前に、大吉さんがわたしの手を引いたのは。


 手を捻りあげられたまま質問攻めにされる少年は、ぐっと悔しそうな顔をして黙ってしまう。


「にぃに!」


 泣いていた少女が痛さを忘れたのか、立ち上がり少年のズボンに縋りついた。


「タローにぃにを離しておじさん!」

「ちょ、待てマヤ! ズボンから離れろ……! 脱げるぅ!」


 少年の声に思わずそのズボンに目をやると、確かにベルトもしていないズボンはまだ少年には大きいようで、脱げそうになっている。


「ふふふふっ、マヤちゃん。膝が痛いのはもう大丈夫?」


 流石に人通りはほとんどないものの、こんな所で脱げたらまずかろうと、わたしは少女を後ろから抱き上げてそう聞いた。


「……あ……うん、もう痛くない! ありがとうお姉ちゃん!」


 少女が手を離すと、少年のズボンは無事そこに止まった。その直後、大吉さんも手を離したので少年は慌ててズボンを上げ飛び離れ、少女を呼ぶ。


「行くぞマヤ!」


 すかさず大吉さんが再び間を詰め頭に軽くチョップした。

 すると「ぐえっ」と言って涙目で頭を抱える少年。


「行く前に何か言っていくことはないのか?」


 その声には怒気が含まれていたけれど……わたしには、どこか優しさのようなものも感じた。


「お姉ちゃん! ぶつかろうとしてごめんなさい!」

「いいえ!」


 ぶつかろうとして……?


「おぅおぅ、あんな小さな子の方がちゃんと謝れて。偉いんだなぁ?」


 大吉さんが、わかりやすく意地悪そうな顔と声でそう言うと、少年はぐっと唇を噛み締める。


「ちっ……悪かったよ……ごめんなさい! じゃぁな!」


 そう言って早々に少女の手を引いて行こうとする少年を、大吉さんは呼び止めた。


「待て、コレはお前達の物じゃないのか?」


 数歩行った先で振り向く少年に、大吉さんはソレを投げた。


 ヒュンヒュンと小さな音を立てて飛んでいったソレをパシッと受け取り確認するタロー君。


「……! サンキュー、おっさん」


 タロー少年はそう小さく呟き、マヤちゃんの手を引き去っていった。


「あの子達……親御さんは……」


 少年と少女の服装、その使い古されているようなのにぶかぶかな服が昔を思い出させるようで……


 気になったわたしは、彼らの走り去った方向を見つめながら小さな声で言った。時間的には学校帰りと言えなくもないけれど……


「……二人とも革のブレスレットをしていただろう? それに紋が入っていた。ここからそう遠くない孤児院の子供達だ」


 大吉さんはわたしに聞こえる程度の音量で告げた。


「ここトウキョウは福祉もちゃんとしてるから、食べるのには困らないはずだ……」

「食べるのには……」


 自分と、その境遇が重なるだろう子達を思い、わたしは願う。


 この世の全ての子供が、人が、幸せに生きていけたら良いのに……。


「何か……気になる事があるのか? あの子達に」

「少し……わたしと境遇が似てるので……」


 苦笑しながらわたしは言った。


「以前あちらにわたしの事を心配する人はいない、と言いましたが……身寄りのなかった両親が交通事故でなくなって、物心着く頃には施設に……孤児院のような所にいたんです」

「……!……」


 幸い、わたしのいた施設はドラマになるような酷い場所ではなく、後見人となってくれた弁護士さんも良い人で、親身に相談に乗ってくれた。

 そのおかげでアルバイトをしながら大学までも行く事ができた。


「あの子達に、拠り所となる何かがあるといいんですけど──」

「そうだな────」


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