295. 星型のピン+並んでいたい、この人の横に
「こちらです。使用上の注意は、コレまでのアーティファクトと同様で、熱を持ち始めたら使用を控えてください」
舞子さんが箱を開けて取り出すと、星型のピンからチェーンと共に電池パーツがぶら下がった。元からそうであったかのように、とは自分では言えないけれど、大吉さんからはオッケーが出たそのデザイン。
何より舞子さんに気に入ってもらえれば良いのだけれど……
「あら、可愛いじゃない」
その言葉にひとまずホッとするわたし。
「メガネ留めで付けたので、よほどのことがない限り外れませんが、この飾り部分が取れてしまうと電池機能がなくなります。
が、その後も通常のアーティファクトとして使用は可能です」
「それはありがたいわね!」
「接客中に変な音がなるのもいけないかと思って、効果の切れる五分前に鈴のような音が鳴るようにしてみました」
「貴女……」
舞子さんに、真剣な顔でじっと見つめられ、ドキッとしたわたしは。手に汗を握りつつ、見つめ返した。
「すごいわ……そこに突っ立ってる誰かと違ってなんて気が効く子なの! 大吉になんてもったいないわね……!」
「もったいないて──」
「大吉さんの方がわたしには勿体無いですよ!」
今まで横で黙っていた大吉さんが何かを言おうとしたところ、考えるよりも先に、わたしの口が出た。
だって、本当にそう思っているのだもの。
「一人で喫茶店を切り盛りして、その上レプリカ製作や修復に加えアーティファクトの発掘。
ボランティアと称されるけれど、その内容は警察からの依頼だったりって、オールマイティになんでもこなす大吉さんに……作る事くらいしかできないわたしは付いていくのも精一杯なんですから──!」
と、そこまで言ってハッとして。チラリと横を見上げると、大吉さんは口を押さえてあらぬ方向を見上げていた。
そしてその耳は赤く──
それに気づいたわたしの意識は瞬時にオーバーヒート。顔も、猛暑の砂漠に放り込まれたかのように真っ赤になってることだろう。
「だ……」
舞子さんを素通りし、店内を浮遊したわたしの目線は、天井からぶら下がるランプに止まり。なんとか話をまとめようと口を開いた。
「……大吉さんには大吉さんの得意なことがあるじゃないですか。それはわたしには難しいことで」
けれど、一度オーバーヒートした脳みその動きはとても遅く、余計に恥ずかしさが増してくる。
「だから……大吉さんが得意でないことをわたしができるなら、ちょうどいいんじゃないですか……ね……」
「あらま、まったく……。見てて飽きないわね、あんたたちって」
舞子さんはそう苦笑しながらわたし達を眺めていた。
舞子さんには大吉さんとのこと、気づかれているようだし。恥ずかしがる理由もあまりない気がするのだけれど……。それまでより、とても強く感じた。
並んで立ちたい。この人の横に、と────
「あ。注意事項、もう一つありました!」
たまらずわたしは自らその話題を切った。バッサリと。
「お褒めいただいて恐縮なんですが……アラームの音量は根性で変えてください……!」
「根性で」
そして、舞子さんの驚いた顔を笑顔で見つめて、わたしは言った。
「というか、起動時に大体の設定ができるので、忘れずにお願いします。でないと結構大きい音で鳴りますので」
もっと、色々できるようになろう、わたしも。
新たに目標のようなものを胸に。はぐらかした気持ちは一先ずそっちのけで。
おまけに作った星型ピンのレプリカと琥珀糖を渡して、わたし達は舞子さんのお店を後にした。
店から一歩出ると、通常のざわめきが戻り、お店のあの雰囲気を作り出しているアーティファクトは、外界と隔絶するような物なんだな、と気づく。
「空間系アーティファクトって、凄いですね!」
そう言って少し後ろを歩く大吉さんの方を振り向こうとした時、
「藍華!」
「わあぁっ!」
大吉さんに腕を引かれると同時に、わたしの足元に、誰かが転がってきた。
ずざざざっと音がしてそちらを見ると、派手に転んだのは小さな子供。
「君……!」
怪我はないかと駆け寄ろうとすると、何かを蹴飛ばしてしまい、それはカラカラと音を立てて道の先へと滑っていった。
「あ……!」
転んだ子が、それに向けて手を伸ばしたのを見て、大吉さんが走る。わたしはそのまましゃがんで膝をつくと、その少女に問いかけた。
「大丈夫?」
「う……うぅ……うわぁあああああん‼︎」
わたしの顔を見るなり火のついたように泣き出したその子は、肩までの茶色がかった髪を左右で部分縛りしている五歳くらいの女の子だった。
「転んじゃってビックリしたよね、痛いの痛いの飛んでけしようか」
頭をそっと撫でながらそう言うと、大吉さんがソレを拾い戻ってきた。
「……藍華」
「大丈夫です。そこまで酷い怪我じゃありません」
大吉さんの表情から察するに。多分、ここでベルカナのアーティファクトを使うのはよした方が良いのだろう。けれど、目撃者がわたしと大吉さん、あとこの子だけなら──
実際、その子の膝は擦りむけて血が出ているのだけれど、転んだこととその痛みに驚き泣いているので自分の傷をちゃんと見ていない。
わたしはすかさずその膝に手を翳した。それ以上その子が自分の傷を目にしないように。
「ほーら、そこまで酷い怪我じゃないわ。痛いの痛いのー飛んでけー!」
大袈裟にそう言い、誰にも聞こえないくらいの小さな声で、わたしは唱えた。
『ベルカナ』




