293. 取調室とカツ丼
なんとか無事に署に辿り着いたわたしは──
何故か一人、取調室の中にいた。
ここに着くまでに破裂しそうだった心臓は、すっかり平常に戻っていて。妙に落ち着いた感じがする……。
部屋の隅には記録者用だろう小さな机と椅子。中央のテーブルには、向かい合わせに座れるように設置された椅子があり、その奥の方にわたしは座っていた。
「取調室なんて初めて入るわぁ……」
隅から隅まで眺めまわし、そう呟いた。
格子付きだけど覗けないような高い位置に窓がある。外から入る光では十分ではないようで、天井中央のライトがゆらゆらと強すぎず弱すぎない程度に輝いていた。
「カツ丼が食べたくなるのは、ドラマとかの影響なのかな」
一人という事もあって、ふと思ったことが口をついて出た。その時、一つしかない扉をノックする音が響く。
コンコンコンコン
「どうぞー」
「お待たせー! あれ、大吉は?」
やってきたのはもちろん蓮堂さん。手に黒いバインダーボードを持ってやってきた。
「お邪魔してます、蓮堂さん」
わたしは座ったまま一礼した。
「大吉さんは気になることがあるって……」
多分例の視線の主を追いかけて行ったのだと思うけど……
「それだけ言って、急いでどこかに行っちゃったので何も説明がなかったんですが。
何故わたしは取調室に通されたんでしょうか…………?」
受付の所で、大吉さんが署員に何かを伝えると、「三十分くらいで戻るから、蓮堂に例のことを話しながら待っててくれ」とわたしに伝え、走ってどこかに行ってしまった。
そして通されたのが、『取調室』とドアに書かれたこの部屋だったのだ。
「この部屋はな、外部に漏らしたくない情報のやり取りをする場合にも使うんだよ。人が入室してから一時間は自動で盗聴等を遮断する結界が張られるんだ」
ほー。じゃあ蓮堂さんが入ってきた事で、今からまた一時間は効果がある、ということか。
「なるほど納得です。じゃあ今のうちにざらっとお話しさせてもらいます」
わたしは、机の上に置いておいた手提げ袋から、差し入れの缶と陥没現場で預かってきた書類を取り出し蓮堂さんに渡した。
「さっき、陥没現場の方に見学へ行ってきたんですが──」
説明しながらふと思う。いつも、なんでも、こうやって蓮堂さんに知らせているみたいだけど、部署が違うとか、担当が違うとか、そういうことはないのだろうか。
「なるほど──」
話し終わると、蓮堂さんがそう呟いた。
「その手のアーティファクトは現場付近にいないと使えないはずだから……付近の警戒を強化するように言っておこう」
「よかったです──!」
「この件は担当の方にしっかり回させてもらうよ」
なるほど、蓮堂さんから専門の部署へと伝達されるのか。
「それで、手数だがこの書類に必要事項だけ、書き込んでもらっても良いか?」
そう言って黒いバインダーボードを差し出してくる。
書類……生年月日とか、書けと言われたらちょっと困るな……と思いつつそれを受け取ろうとしたその時。部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
蓮堂さんがそう言うと、ドアを開けたのは大吉さんだった。
「藍華、ありがとうな。蓮堂も」
大吉さんは部屋の隅にあった、記録者用の椅子をガラガラと引き寄せてくると、ドサリと座った。
「お疲れ様です」
「あぁ……」
両膝に手をついて肩で息をする大吉さんを見て、ドキリと心臓が思い出したかのように高鳴る。
「珍しいな、肩で息して。茶でも飲むか?」
蓮堂さんの声に、高鳴っていた心臓は“スンっ”と静かになり、わたしは改めて二人を交互に見た。
「いや、いいよ。差し入れに来て茶ぁもらうってのもアレだから……。ところで、話はどこまでいった?」
「一通り説明が終わったところです」
わたしがそう言うと、蓮堂さんが要点をまとめるようにその内容を話しだした。
「あの陥没事故が人為的なものであるということ。その方法が採掘の時に使われるアーティファクトで、今尚いつ埋められるかわからない状況だということ」
「そうだ。喜光……修復現場リーダーの結界でも急場凌ぎの簡易な物になる」
「……警察管理下の結界アーティファクト使いが、ちょうど今日明日と手があいているはずだ。できるだけ早くそちらに向かうようかけ合うよ」
「なら、少しは安心だな……」
そう言うと大吉さんは腕を組み、背もたれにもたれて深呼吸をした。
「出来る限り、お前が資材調達して戻ってくるまで現場に居れるよう頼んでみるが……戻ってすぐ製作は可能か?」
「一応二日で行って戻って、三日目に休養と製作のつもりでいるが。それも全部ストレートに成功したら、の話しだからな……」
発掘か……。一緒に行ったら足手纏いになってしまうだろうな……




