290. 修復師、吾郎さんと斎士郎さん
そして二日後。
店は十五時から開くことにして、わたしは午前中に舞子さんへのアーティファクトを仕上げた。そして昼食をとりながら出かける用意をし、正午──
「よし、じゃあ行くか」
「はい!」
わたし達は、陥没現場へと向かった。
見学が終わったら、蓮堂さんが詰めているはずの署へ差し入れを持って行き、舞子さんの所へ届けに行く、というルートで回る事にしたのである。
「よぉ、見学ついでに差し入れ持って来たぞー!」
「今日はありがとうございます、喜光さん」
現場は、人が近付かないよう立ち入り禁止のテープが厳重に張られていて。わたし達はテープの手前から、奥の方に見えた喜光さんに声をかけた。
「よく来たな! 足元に気をつけて、こっちまで来てくれるか?」
喜光さんは、だいぶ整理が進んだであろう奥の方で、一人の男性と話をしているようだ。
足元に気をつけてと言われたが、陥没直後と違って、ある程度瓦礫が避けられていて、転びそうになることもなく喜光さん達のいる所まで到着する。
「軽く紹介しておこうか」
喜光さんは、開いていた書類を畳みながら言った。
「彼は作業仲間で、なんでもマルチにこなす吾郎、年はちょうど三十だ。修復業については俺が指揮を取るより適任なんだが、今回は修復組み立て担当として来てくれている」
「よろしく」
吾郎さんは大吉さんより少し背が低く、顔は濃いめ。刈り上げタイプの短い髪にねじりハチマキを巻き、紺色のニッカポッカに茶色の半被を着ていて、笑顔で軽く一礼した。
「吾郎、話しておいた二人だ。こっちは俺の旧友の大吉。前に話したことあったろう?」
「お邪魔します」
「で、そちらは……マスター見習いの藍華さん」
「作業で大変なところ、すみません」
「いえいえ。興味持っていただいてうれしいっすよ!」
吾郎さんはまず大吉さんと握手をし、次にわたしへと手を差し出した。その手を握り、握手をすると……
「こちらこそ! あわよくば、修復業に携わる人間が増えたらイイナというのが本音なので。
どうですか? キョウトで宿と三食飯付きで宮大工の見習いしませんか? 女性でも大歓迎っすよ」
人手不足なのか。突然笑顔で物凄い誘い文句を言われる。わたしは手を握られたまま目が点になってしまった。
「吾郎よ。その手の挨拶は藍華さんに限っていえばやめておいた方がいい。彼女は大吉のとこの人だから」
それはどう言う意味なのか。
ふと気になって隣に立ってる大吉さんを見てみると、その顔は笑顔なのにどこか冷たくさえ感じる。
「スミマセン! スミマセン! コレはオレにとって挨拶みたいなものなんで、勘弁してください!」
何かを感じ取ったのか、吾郎さんはパッと手を離してそう言った。
「ところで。コレ、どこに持って行けばいい?」
大吉さんは、コーヒーポットとカップの入ったカゴを、かるく持ち上げて見せる。
「差し入れか! ありがとう。そうだな、もう少し行った所に作業用のスペースを作ってあるからそこまで頼めるか?」
「もちろんだ」
「じゃあ吾郎、あいつらに休憩を取りに来るように言ってきてくれ」
「りょーかい!」
吾郎さんは元気よく現場の外に向かって駆け出し。わたし達は喜光さんに案内されながらもっと奥の方、穴の底の方に向かって歩いて行った。
「見ての通りまだまだ時間がかかりそうだ。藍華さんに見せたい本格的な作業まで、一週間以上はかかりそうだよ」
瓦礫はだいぶ運び出されているようだけれど、それでもまだ本格的な作業までは時間がかかるのか……
「別の場所に運び出して、細部の復元からしてるんですよね」
「あぁ。この場で大体の当たりをつけて、運び出して修復中だ。雷喜と康介の二人はそこで作業してる。
当たりを付けるのは俺と吾郎ともう一人、あそこにいる斎士郎とでやっている」
喜光さんの指す方に、今度は灰色の甚兵衛のような上着に、紺色のニッカポッカを穿いた人が見えた。
「斎士郎は一応地盤の担当としてきてくれてる。ようやく底まで辿り着いたんで、どんな状態か、何をする必要があるのか、今見てもらっているんだ」
喜光さんの言ったその人は、その付近で一番大きく平らな瓦礫の壁の所で紙に何かを書き込んでいる。
「斎士郎、作業中すまないが、こちら話しておいた大吉と藍華さんだ」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
喜光さんの声に、手を止めてこちらを見た斎士郎さん。一礼するわたしを見て、彼もペンを置いて一礼した。
「こちらこそ!」
歳の頃は二十代後半だろうか。腰まである長髪を後ろで一つにまとめ、線が細めの落ち着いた雰囲気の人だった。




