282.お茶漬け
「そういえば。今日蓮堂さん来ましたか?」
ラッシュの時間帯が過ぎ、お客さんも二組になった頃。来ていたのなら挨拶しそびれちゃったな、と思って大吉さんに聞いた。
「いや、来てない。きっと寝過ぎて急いで署に行ったんだろう」
「そうですか……休む時間、ちゃんと取れてると良いんですけど」
フライパンを回しながらそう呟いた時、
カランカランカランカラン
「よ。朝ぶりだな二人とも!」
「お疲れ様です、喜光さん」
若そうな二人の人物を連れて喜光さんがやってきた。
「今日は来れないかと思ってたんだが、用事ができたし、二人の宿がこっちの方面だと言うんで、ついでに連れてきた」
二人とも喜光さんよりは頭一つ分以上は背が低い。
一人は三白眼で真面目そうな顔。刈り上げ気味な黒い短髪に、灰色に白い線の入った甚兵衛のようなものを着ていて、腰帯の所に組紐タイプのウォレットチェーンが見え隠れしている。アーティファクトが発する光から察するに、おそらく七個のアーティファクトがその先に付いている。
もう一人は表情筋が柔らかそうで、こちらにニコリと笑顔を向け。服装は、上は紺色の甚兵衛で下は同じ色の鳶服のようなものを着ていて。白い手拭いのような物を頭から外しながら入ってきた。サラリと髪が流れ出ると、少し癖のついた前髪の間から、人懐こそうな瞳が輝く。
二人とも、わたしより少し若そう。
「はじめまして! お邪魔します!」
「ちわっす……」
「藍華さん、言っていた宮大工免許を持つのがこの二人だ」
「お二人……? あぁ、そういえば一人は確実に持っている、と」
三人は空いていたカウンター席の方へとやってきて、座った。
「先日無事に試験に合格して、僕も免許持ちになれたんです」
もし彼に、尻尾がついていたならば。ブンブン振り回していそうな勢いを感じて、気持ち後退るわたし。けれど、撫でてあげたい感じがして、何故なのか考えた。
そうか。向かいの金物屋さんのワンちゃんに似てるんだ。雰囲気が。
「よ……よろしく。マスター見習の藍華です」
ひとまずおしぼりをそれぞれの前に置いていくと、そのワンちゃんに似た人に手をガシッと捕まれて、わたしは思わず固まった。
「僕、雷喜と言います。あっちは康介、これから仕事終わりに通うんで! よろしくお願いします!」
「えっあの……」
手を離して、と言おうとした時。
「離してもらおうか」
大吉さんが、まかないに作っていた作りかけチャーハンの乗ったフライパンを片手に、雷喜さんの手を掴んで言った。
「雷喜手を離せ。トウキョウへは仕事できてるんだ。あと、ここは喫茶店『碧空』。アーティファクトとの出会いは望んでもいいが、他はダメだ。
女性との出会いがお望みなら、後日そういう所へもつれていってやる」
大吉さんと喜光さんに言われ、すごすごと手を離し膝に置くその姿は。
お預けを食らっているワンちゃんそのもので。なんだか憎めないなぁ、とわたしは苦笑した。
「……スミマセン」
「いきなり手を握ってきたりとかをやめてくだされば、わたしは別に大丈夫ですよ」
そう言うと、また嬉しそうな輝いた目でこちらを見る雷喜くん。だけれど、何かに気づいてキュゥウンとまた元気がなくなってしまった。ふと隣を見ると、キロリと雷喜くんを睨む大吉さんが。
「店仕舞いまでまだ時間はあるか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「じゃぁ軽く何か夕飯を頼む」
「了解した。そっちの……雷喜だったか?」
「……はい!」
「お前には茶漬けをサービスしようか?」
御茶漬けなんて、メニューにはないし、これまで出したこともないと思うのだけれど、なぜ突然そんな事を言い出したのか? と思っていると。
康介さんの表情は変わらずだったけれど、喜光さんは笑いを噛み殺しているようで、目が笑ってるし肩も震えていた。
「……喜光さんと康介が帰る時に頂いてもイイデスカ…………」
「……今日だけは、な」
大吉さんは、お腹が空いてるだろうから先にどうぞと言って、まかないに作っていたチャーハンをとりあえず三人に分け、お出しした。




