281.つかせてしまっている嘘
神宝の話を聞いたり、その他色々な話をし、三日後に見学の約束を取り付けたところでわたし達は朝食を終えた。
「じゃ、そろそろ行くよ」
喜光さんは、コーヒーを飲み干すとそう言って立ち上がった。
「おぅ、気をつけてな。ところで今日の予定は?」
「橋のところで作業仲間と合流して現場に向かう。現場を確認して修復予定を立て終わったら作業に入るが、初日だからそこまで作業は進まんだろう。何も問題がなければ、就業は十七時」
「そうか」
足元に置いてあった荷物を持つと、朝食代だと言って、カウンターに料金を置く。
「サンキュー、よかったら夕方もこいよ。一杯ぐらい奢るから」
「ありがとう。多分寄らせてもらうよ」
「お待ちしてます」
左肩に背負った荷物の中に、色々なアーティファクトが入っているらしく、沢山の小さな光を感じつつわたしは喜光さんを見送った。
彼のとった宿は、川のこちら側、病院横のホテルだそうで。ここに来る回数は多くなりそうだと言っていた。
また色々な話が聞けるのは嬉しいけれど……
「大吉さん。喜光さんにわたしの素性のことは……」
大吉さんが食器を洗い、わたしが受け取り拭いて定位置へと置く。その作業が終盤に差し掛かった頃わたしが聞くと、大吉さんは手を拭きながら静かな笑顔でわたしを見た。
「話さずにいようと思ってる……」
その笑顔にはどこか固い意志のの様な物を感じる。なぜ……
「あいつは特殊部隊、夕紀美さんや田次郎さんよりずっと政府の中枢に近いところにいる。政府所有のアーティファクトには人の心、記憶を許可なく勝手に覗き見る事のできる物もあると聞く。みーばぁが……ソレを防ぐのに難儀したと昔聞いた事があってな……」
その言葉にわたしは思わずゾッとする。
みーばぁは双葉ーちゃんと同様、巫女の力も持つし、アーティファクトの使い手としてもかなりのレベルのはず。
「もし藍華の素性が政府の中枢に知られたらどんなことになるか……少なくともここにはいられなくなってしまうだろう──」
ここにいられなくなる。それは……わたしにとって、この世界にいる意味がなくなると同義だ──。
「だからアイツには、表向きの設定で話してある」
自分は大吉さんに嘘をつかせてしまっている……大切な友人に、自分のせいで──
申し訳なさから視線を落とし「そうですか」と呟くと、
「大丈夫。大したことじゃない」
そう言ってわたしの頭を撫でてくれる大吉さん。
けれど、わたしの心には何かのモヤがかかったまま。
気になることがあろうと時間は過ぎる。店を開ける時間が迫ってきて、わたしたちは開店の用意を進めた。
外から見える看板に、三日後は十五時オープンであるお知らせを添え。いつ来るかちゃんと決まっていなかったアグネスたちへの連絡は、泊まっているというホテルに伝言を頼んでおいた。
「大吉さん、琥珀糖なんですけど、どこか風通しの良い場所ありますか? 多分一日中風を当てておいたら片面は仕上がると思うんですよ」
「そうか……それなら食糧庫の方に小さな扇風機をだそう」
「ありがとうございます!」
イソイソと琥珀糖を移動させ、その日は忙しい時間帯だけ店を手伝って、あとは作業をさせてもらった。
一番最初に喜光さんから依頼された身代わり護りを作り。次にみーばぁからの依頼品と組紐の練習に時間を充てて。
組紐の練習は、まず頭で理解するまでに時間がかかった。そこから感覚に落とし込んでいき、反復練習をしていく。気づくと部屋に差し込む光はほとんどなくなり、随分と暗くなっていた。
「ん! 手伝いに行かなきゃ」
そろそろ仕事帰りの人達が店に立ち寄ってくれる時間帯だと、わたしは急ぎ階段を駆け降りていった。
店の方へ行くと、もうすでに席は半分以上埋まっていて、大吉さんがカウンターキッチンの所で忙しそうにしている。
「ちょうど良かった、そろそろ呼びに行こうと思ってたところだ」
コーヒーを淹れている横でフライパンから香ばしい匂いが。
「遅くなってすみません、手伝います!」
「食糧庫の冷蔵庫からサラダのストックを持ってきてくれ。そしたらフライパンの炒飯を頼んで良いか?」
「もちろんです!」




