278.琥珀糖のでき具合と大吉さんが連れてきた人
「……了解です」
笑顔で大吉さんを送り出したけれど、高鳴った胸はしばらくそのままで。何か失敗しそうだと思ったわたしは、ドキドキがおさまるのを待ってから身支度を整え、店の方へ降りて行った。
冷蔵庫から琥珀糖の元を流し込んだトレイを出して確認すると……表面はツヤツヤ。斜めにしても動く様子はなく。
「やった……ちゃんと固まってる!」
成功だ! あとは切ったり型抜きして乾燥させるだけ。
「大吉さんが帰ってきてから一緒にやりたいけど……きっとお店で忙しいよね」
取り急ぎ半分はクッキー用の型で抜いて、残り半分は菱形に切り分け、大きめのお皿を数枚借りて乗せた。
「あとは乾燥なんだけど」
早く乾燥させるためには、風通しの良い場所に置くべし。食糧庫は風通しがいまいち。上の部屋は自分の借りてる部屋も大吉さんの部屋も食品を置くには……となるとやっぱり──
「ココ(喫茶店)よね」
わたしは昨日も使ったフードカバーを被せ、カウンター上部の角に設置されている扇風機を見た。
「ん、完璧じゃない?」
扇風機からのびている紐をそっと引っ張ると、カチッと小さな音を立てて扇風機が動き出す。するとなかなか良い風が店内へと吹き始める。
「よし!」
両手を腰に当て、扇風機を眺めつつ言ったその時、店のドアの鍵が開けられる音が。
大吉さんだ!
「おかえりなさい!」
ドアベルが鳴るのと同時に、フライング気味に笑顔でそちらを見ると、わたしは一瞬身構えてしまった。
「ただいま、藍華」
「……!……」
何故なら大吉さんのすぐ後ろから知った顔、喜光さんが入ってきたから。
「お邪魔するよ」
大吉さんがわたしのいるキッチンの所へ来ると、喜光さんはカウンター中央の席へ来て座った。
「コーヒーとトーストで良いか?」
「あぁ。あと今仕入れてきてた卵も茹でてくれるか?」
「了解、何個だ?」
「三個で」
「まだ成長する気かよ」
はっはっは、と笑いながら大吉さんは卵のパックを取り出して調理台の上に置くと、鍋を取り出し茹で卵の用意を始める。
特殊部隊のほとんどが好戦的な人たちだった気がするけれど。喜光さんは、お坊さんというだけあって、落ち着いた感じの人だな……
わたしはカウンター席に座る喜光さんの雰囲気から、キョウトでのことを思い返していた。
あ、でも巫女の蝶子さんも落ち着いた感じの人だった。彼女には生命を助けられもしたのだけれど……双子の妹、花子さんの最初のイメージが影響してるのか、ざわざわする何か別のものを感じた記憶が大きい。
大吉さんの気持ちを知り、花子さんと直接お話しもして随分とイメージは変化したはずなのに……
わたしって何て心が狭いのだろう…………と自分に嫌気がさしそうになる……
色々な事を思い出しながら、わたしはおしぼりを喜光さんに渡し、挨拶をした。
「どうぞ。お久しぶりです喜光さん」
「ありがとう、藍華さん」
心中はひた隠し、笑顔なわたしに喜光さんは言った。
「いつからこちらに?」
「昨晩だ。ここへはどのみち来る予定でいたんだが、君達はまだこちらに到着してないと思っていて。どこかで朝食を取ろうと市場をフラフラしてたところに大吉と会ったんだ」
大吉さんの行った仕入れ先の市場には、簡易的だけれど、新鮮で割安なお食事処もある。
「戻ってきたばかりで朝の忙しい時間に突然お邪魔してすまないな」
「大丈夫ですよ。ちょうど一番やりたかった作業が終わったとこですし」
「そうか、それならよかった」
続いてお冷もお渡しすると、何やら懐をまさぐりはじめた。
「藍華さん、君にと預かってきた物があるんだ」




