276.“二人きり”と、色んなドキドキ
喜光さん! そういえば本業はお坊さんだと……
「そうか……! あいつ、こっちに来るのか」
「聞いたところによると、こっちへは十二の頃に来たきりだとか」
「だろうなぁ。アイツの所属する部隊の活動拠点がキョウトだし。地方に派遣されることはあったみたいだが、こっちの方では特殊部隊が必要になるような事件もあまり起きてないしな」
それって、特殊部隊が必要になる前に大吉さんやアグネス、フェイ達が解決しちゃってるのでは……?
「あの時は確か親父さんの仕事にひっついて来てたんだよなー」
懐かしそうに語りあう二人。
「あの……喜光さんて……特殊部隊としてこられるんですか……?」
もしそうならば。あの、メンバーの人たちも来るかもしれない。できるだけあの赤髪の人、蘇芳さんには会いたくないと思い……聞いてみた。
「いや、本業の坊主の仕事としてだ。キョウトで喜光と会ってきたのか?」
蓮堂さんがわたしを見てそう言うと、話しにくそうにしているわたしをよそに、大吉さんが口を開いた。
「……あぁ。特殊部隊の面々と少し、な」
何故だか好かれてる……らしいし、助けられもしたけれど…………会いたくない。
「今回は坊さんとして来るから、特殊部隊ではなく、修復の補助に数名連れてくると聞いている」
その言葉に安心して、一息つくわたし。
「弁当は別の所に頼んでるが、コーヒーの差し入れをそのうち頼みにくるから、修復師たちに美味いのを頼む」
「了解した。良い豆、仕入れておくよ」
◇◆
その後、キョウトでの色々な事を話していたら、あっという間に日は暮れて。蓮堂さんがワインをクイっと最後の一滴まで飲み干して言った。
「明日、午前半休をもらってはいるが、そろそろ帰るよ」
「よかったら出所前にコーヒーの一杯でも飲んでいけよ」
「サンキュー」
「琥珀糖、今晩試作してみるんで。よかったらソレも味見していってくださいね!」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
笑顔で蓮堂さんを見送ると、店は一瞬にして静寂に包まれた。
自分の鼓動音がだんだんとハッキリ聞こえてきて、妙な緊張感を感じてしまう。
そうか……今、二人きりなんだ……
商隊の護衛中の夜、テントでの『二人きり』で、初日は寝不足になってしまうくらい緊張した。けれど、仕事中ということもあったし、近くに他の人たちのテントもあったからか、次の日にはだいぶ緊張の糸は解けていた。
けれど今は──
ハッキリと認識すると、余計に緊張してきてしまう。
わたしだけだろうか? と、店の扉を施錠して戻ってきた大吉さんをチラリと見上げる。すると、大吉さんは何故か突然しゃがみ、ものすごい真剣な顔でカウンター下の小さな冷蔵庫を開いて中を整理し始めた。
「藍華、そのまま手を止めずに聞いてくれ」
お皿を拭き、積み上げていたわたしはそのまま続きを拭き始める。
「見張られてる。施錠もしたし、店内は見えないはずだが……」
見張られて……⁈
それまでの二人きりでドキドキ♡な緊張感は、護衛の仕事をしていた時のようなモノへと一瞬で変化した。
その感覚に自分でも驚いたけれど、アレだけ普通ではありえないような体験をしてきたのだから、自分にも“危機感”というものが少しは身についたという事だろうか。
「敵意のようなものは感じないから、ひとまず放っておくが、今晩は一人でここに残らない方が良いだろう」
敵意は感じないと聞いてひとまず安心はするものの、胸の奥に緊張感は残っている。
できる限りそれまでと同じように次のお皿を手に取り、わたしは頷いて応えた。
「じゃぁ手早く作りますね、琥珀糖」
「あぁ。その間俺はアーティファクトコーナーの整理してるよ」
元々興味があった琥珀糖。一度作ってみたいとレシピを調べたりしていてよかった。
わたしは覚えていたレシピを紙に書き出し、カフェのキッチンにて琥珀糖作りに励んだ。『混ぜすぎはダメ絶対ダメ。というか、混ぜるな』というフォロワーさんの言葉を思い出しながら……




