270. 特殊な保管庫
「……予約」
そこまで言った時、突然玄関の扉が開かれ──
「離せェエエエエ‼︎」
何故か、突然半裸の蘇芳さんが出てきて叫んだことで、大吉さんの言葉は中断させられてしまった。
まって、めちゃくちゃ重要なとこ──⁉︎
「待てー! 負けたまま逃げるのか⁈ 特殊部隊の蘇芳ともあろうものがー!」
「そうだぞ! 男たるもの全部脱がされようとも、この勝負から逃げたらいかんだろう!」
蘇芳さんの羽織をつかみ、楽しそうに言うアグネスとパンツ一丁の田次郎さん……。
どうやらやってきて早々、酔ったアグネスに勝負をふっかけられ、野球拳で脱がされたらしい。
「こんなことやってる暇はない! 俺は忙しいし、藍華に会いにきただけだ!」
蘇芳さんは二人を振り払い石畳を少し行くと、振り返ってこちらを見る。
「藍華! また、キョウトに来る時は教えてくれよな!」
そう言って、わたしに向かって何かを投げてきた。
「プレゼントだ! よかったら大事にしてやってくれ!」
宙を舞うソレに、アーティファクト特有の淡い光を見たわたしは、思わず手を伸ばしてしまう。
「またなー!」
わたしがキャッチしたのを確認した蘇芳さんは、そう言って早々に立ち去ってしまった。紅い、炎のような気配を残して。
手の中の小さな箱を見て、わたしは途方に暮れてしまう。
「受け取るつもりのない物って……どうしたらいいんでしょうかね…………?」
すると遅れて玄関口までやってきた龍石が言った。
「とりあえず中を確認してみたらいい」
龍石のさらに後から飛び出してきた水晶龍は、興味津々にわたしの手元まで来て覗き込んだ。
大吉さんは不機嫌そうに、黙ってこちらを見ている。
中に入っているだろう物を放っておくわけにもいかないしと、苦笑しながら大吉さんに「見てみますね……」と言い、箱を開けた。
入っていたのは、銀色で葉っぱの形をしたブローチだった。葉の上には、まるで燃える炎の雫のような、小さな赤い玉が乗っている。
その光り具合からも、なかなかに良いアーティファクトだろうことはわかる。
でもって素材は銀。絶対に銀。
何故なら……大吉さんのくれた指輪と同じ気配がするから────
じーっとそれを見ていると、一緒に覗き込んでいた水晶龍がいきなり、キュイー! と叫んだ。
そして、なんとそれをパクリと食べてしまう。
「えぇえええ⁉︎」
「こいつが食べてしまっては……しょうがないな」
何食わぬ顔でそういう龍石。
「見た感じ、能力は解毒と炎の加護だろう。必要になったら我を呼べ。その、我の一部が付いておる首飾りに念じて」
こっそり服の下につけている、大吉さんが作ったペンダントを指して龍石は言った。
「出来うる限りの速さでお主の元へ届けに行こう」
そうは言われるものの、蘇芳さんにというよりは、アーティファクトに申し訳ないなと思ってしまい、水晶龍を見る。
「此奴のことは、ちょっと特殊な保管庫とでも思ってやっといてくれ……ちゃんと、安全に預かっておくから」
龍石の言葉に、それなら良いかなと思えて、わたしは水晶龍を見て伝える。
「大事にしてね?」
小さな赤い目は、キラキラと嬉しそうに輝き、自信満々に頷いた。
その後、一同は再び部屋に戻り、ラストオーダーの時間まで宴会は続いた。
なんだか、雰囲気も何もあったものではないし、最後に言っていた言葉もちゃんと聞けれなかったけれど──
大吉さんが予約したいと言って示していた指を思い出しながら心がふにゃけてしまう。
アグネスに突っ込まれ照れるわたしを見て、花子さんから一瞬だけ、翳りの気配を感じた気がしたけれど……彼女は「よかったですね」と言って、お茶を飲んでいて……。
その、柔らかい笑顔が印象的だった────




