268.小指
宴会は、夜遅くまで続いた。
追加注文の品もきて、誰も帰る気配はなく。
おそらくこのまま全員ここで雑魚寝かな? と思いながら、わたしは一人、楽しそうな皆を眺めていた。
フェイは早々に部屋の隅で撃沈していて、大吉さん、双葉ーちゃん、夕紀美さん、田次郎さんの四人は何やら熱く語り合っている。わたしもついさっきまでは、アグネス、花子さんと、女子トークを繰り広げていたのだけれど……。
途中でトイレに行くと言って席を立ち。今は一人、光る徳利の入った巾着を眺めながら、乾燥梅昆布をむぐむぐ食べている。
お肌の手入れ方法、化粧水、香水、どこの店の物が良い、といった話までは良かったのだけれど……色恋方面、初恋の話になってきて離脱してしまったのだ。
自分はあちらで特に好きになった人もいなかったし、あえていうなら大吉さんが初恋で……。
チラリと聞いた話から察するに、おそらく花子さんの初恋も大吉さんで…………。
それ以上聞く勇気がなかったわたしはお手洗いへ行くと言って席を外し、戻ってそのまま一人ツマミをいただいていた。
夕紀美さんからはもう飲んで大丈夫と言われていたけれど、今日はなんとなく飲まないでいて。それもあって女子トークに乗りきれなかったのか──。
いや、わたしは多分、逃げたんだ……
『勇気を出させてくれる』
双葉ーちゃんの言葉が頭に響き、味見……だけでもしてみようか……そう思って巾着に手を伸ばすと、
「藍華……ちょっといいか?」
「ふぇぁい⁈」
いつのまに、あちらの話を抜けてきたのか。大吉さんが近寄ってきて言った。
ついてきてくれ、と言われ部屋を出ると、玄関の方へと連れて行かれる。
「ちょっと、外のベンチに座っててくれるか?」
「は……はい」
こ……これはもしかして……伝えるチャンス……⁉︎
巾着を手に、言われるがままベンチに座ったわたしは、迷わずそれを出して一口飲んだ。
なんだろう、とてもフルーティーな感じで、感覚がものすごくクリアになっていく気が…………。
酔っ払った状態で、勢いで伝えたくはなかった。だから、今までわたしはお酒を飲まないでいたんだと、不意に理解した。
そして、出てきてカラカラと戸を閉める大吉さんに、わたしは言った。
「大吉さん……お伝えしたいことがあるんですけど……」
心臓はうるさいくらいに鳴り響き。大吉さんを見ていられず、視線を目の前の石畳に落とした。すると、トサっと大吉さんが横に座る。
「俺もだ……。あと渡したいものがある」
大吉さんも⁉︎ でもって渡したいものとは……
「もっと別な時に渡したかったんだが……今を逃すといけない気がしてな」
そういうと、何やらポケットにゴソゴソと手を突っ込んで、言った。
「左手、出してもらっていいか?」
「は……はぃ…………!」
左手⁉︎ まさか……⁉︎
言われて、恐る恐る左手を差し出すと。大吉さんはわたしの小指に、銀色の何やら彫りが入った指輪をはめた。
…………小指…………
心臓は飛び出そうなほどにバクバクしているけど、嬉しい反面、残念なような……複雑な気持ちが心の中に渦巻いた。
「キョウトに銀細工の老舗があってな、着いた直後に電話で注文してたんだ……。
銀の効能は毒検知、解毒。毒がある物を知らせ、それから身を守ることができる。
それがあれば、痺れ薬も効かないから……」
そうか──身体が痺れると、アーティファクトが使えなくなってしまう体質らしいわたしの為に……これを……。
「できたら一緒に店まで行って選んでもらおうと思ってたんだが……俺のチョイスですまないな」
「そ……そんなこと……!」
その申し訳なさそうな声に、大吉さんのチョイスだから嬉しいのだと伝えたくて、指輪を凝視したまま、わたしは声を上げた。
「そんなこと……ないです……」
今だ……言うなら今…………!
「あの……大吉さん……わたし…………」
わたしは顔を上げる。ゆっくり。ちゃんと、目を見て伝えたい……!
すると……大吉さんの顔は月明かりに照らされ────




