266.精魂込めて作られたお酒も……
「ホント、体調元に戻ったみたいでよかった!」
一番に来たのは、アグネスとフェイ。食前に食べようと言って、お土産に羽二重餅を持ってきてくれた。
「ありがとーアグネス! 食べたいと思ってたの」
羽二重餅。あちらの世界でも、中学の時の修学旅行でしか食べたことがなかったので、実は食べれるかもと、楽しみにしていたのだ。
「ん、美味しい……!」
このほんのりした甘さと、食感……!
むぐむぐと、一個丸々口に入れて。わたしは頬が溶けそうに幸せな感覚をじっくりと味わう。
「ところで、あと誰がくるんだ?」
「夕紀美さんと、双葉ーちゃんも誘っておいた」
双葉ーちゃんも! そうすると一緒に花子さんも……かな。
「あとはー、田次郎さんも来るだろうな。呼んでないけど」
ピンポーン
「おっじゃまっしま〜す」
噂をすればなんとやら。
招き入れずとも田次郎さんは迷わず襖を開け、入ってきた。
「すまないな……出る時一緒になって…………」
一緒に夕紀美さんも。
「あー……まぁいいよ。なんか土産、持ってきてくれたんだろ? おじさん?」
大吉さんが、積まれていた座布団を並べながらそういうと、田次郎さんは綺麗な和紙の貼り箱を取り出して言った。
「ホレ、土産。あぁ、一応藤壱係長と合同な。奴は来れないらしいから、宜しくと言っていたぞ。
日持ちはするから、帰りの道中にでも藍華と一緒に食べな」
なんだろう中身。食べ物……。楽しみにしておこう。
お茶を啜りながら、わたしは羽二重餅をもう一つ口に入れた。
色々な話をしながら夕紀美さんの診察を受けると、
「完治。もう普通の生活に戻っても大丈夫だ」
と、言われた。
「ありがとうございます」
あとはちょっと落ちてしまった体力をなんとか元に戻すのみ、か。まぁ、商隊護衛してれば戻るよね、始めはキツそうだけど……。
気合い入れていこう、と心に決めていると、大吉さんが言った。
「双葉ーちゃん達は何時にこれるかわからないそうだから、先に始めてよう。
夕紀美さんと田次郎さんは日本酒。アグネスとフェイはビール。藍華はどうする?」
「今はやめておきます……なんとなく」
そう答えて一人お茶とジュースをお願いした。
ほどなく料理が運び込まれると、神社ワープを使った双葉ーちゃんと花子さんがタイミングよくやってきて。
二人を上座に通したわたし達は、座布団を五枚積み重ねた上に双葉ーちゃんを座らせて、何故か拝み倒していた。わたしもつられて手を合わせて拝んだけれど。
「やめい。わしゃただの人じゃ!」
「双葉様のお許しが出たぞー! 飲むぞぉおおおお!」
「大吉、その日本酒ついでくれ!」
率先して動き出すのは田次郎さんと夕紀美さん。アグネスとフェイは楽しそうに田次郎さんと乾杯をして飲み始め、大吉さんは呆れたようにため息をついて、夕紀美さんに日本酒を注いでいた。
お酒を飲んではいないのに、何故こんなに楽しく感じるのだろうか。人って飲まなくても酔えるんだねぇ、としみじみ思う。
そして、飲みかけだったお茶を飲んでいると、わたしは双葉ーちゃんに呼ばれた。
「藍華、ちょっとおいで」
隣に行って座ると、双葉ーちゃんは座布団五枚で同じくらいの目線になっていて、じっと見つめられる。
「よぅ頑張ったな……」
そう言うと、歴史の刻まれているしわしわなその手で、わたしの頭を撫でてくれた。
「…………」
大吉さんとは違った、なんとも言えない安心感を感じて、わたしは目が潤んでくるのを感じる。
「思う通りに進みんさい。藍華にはその力が備わっておる……いざとなったらわしも花子もお主の力になるからの……」
そう言うと、倒れたら危ないからと、積まれた座布団から降りた。
「花子、例のものを」
「はい」
双葉ーちゃんに言われて花子さんが並べられた料理を少し避けて、持参した巾着をわたしの前に置いた。
するりと紐が解かれると、コルクの栓で蓋をされた、白い磁器で出来た徳利が出てきた。
「これは……」
「うちの神社に奉納されてた御神酒だ。後でお飲み」
奉納された御神酒って、一般人がいただけるの……?
そう思って双葉ーちゃんを見ると、
「奉納された物は授与品として人々に徳の種を蒔く。病み上がりの体に良いぞ」
すかさず心に浮かんだ疑問の答えが返ってくる。
なるほど、奉納されるお酒や食べ物はそうやって一般人の手にも渡るのか……。
「……ありがとうございます」
徳利に目線を戻すと、不思議な事に気づいた。気のせいだろうか、輝いて見えるのは。
「御神酒となるような日本酒は人の手で、昔ながらの製法で作られる。精魂込めて作られたそれは、アーティファクトとどこか違うじゃろうか……?」
双葉ーちゃんもそう言って徳利を見た。
「視える者にしか理解できんと思うが……わしにはコレもアーティファクトじゃ」
これがお酒版アーティファクト……。
君にはどんな力があるのかな──?
「身を清め、悪いものを出す効果は抜群にある。ついでに勇気も出させてくれるかもしれんぞ」
「…………」
そう言っていじわるそうな微笑みを浮かべる双葉ーちゃん。わたしは心臓をギュッと鷲掴みされた気分になり、苦笑した。
全く……どこまで視えているのやら…………




