264.しばらく借りておく
「行くぞ藤騎。手続きをしに」
「うん!」
大吉さんの隣に立っていた藤騎くんは、嬉しそうに返事をして藤壱係長の所へと走る。そして、ドアのところで振り向くと、
「大吉、藍華ねーちゃん、ありがとう!」
元気に手を振りながらそう言った。
「またね、藤騎くん」
「精進、続けろよ?」
大吉さんの言葉に、藤騎くんは親指を立てて答える。
「もちろん!」
その声には強い意志を感じ、彼の未来が楽しみだなと、まるで育つのを見守る、母心のようなものを感じた。
パタンとドアが閉まると、両手を腰に当て、見送っていた夕紀美さんがこちらを向く。
「さて、さっきも言ったが……一番重要な箇所の処置は完了した。が、しっかり定着するにはどうしても時間がかかる。治療はその定着が終わるまで、だ。今日一日は絶対、明日は少しでも疲れたと思ったらすぐ休め」
「……はい……」
「まぁゆっくり休め。
先に宿へ帰ったアグネスたちが、軽く事情の説明もしてるだろうし。出発は明日以降に伸ばしてもらえるよう俺からも話すから……」
そう言ってポフポフとわたしの頭をなでる。
「ワシは一度社に帰る。
久しぶりに雨を遠くの場所で呼んだので、泉の状態を確認しておかねばならぬからな。
大吉よ、水晶龍を渡してもらっても良いか?」
大吉さんの後方にいた龍石が、顔を覗かせて言った。
「あぁ」
大吉さんが、収納袋をウェストポーチから取り出すと、水晶龍はモゴモゴと動いているようで。
大吉さんは開けようとして何かを考え、そのまま龍石に渡した。
「出してやってくれ」
「……?……あぁ」
龍石が受け取り袋を開くと、
きゅぅぅぃぃいい
嬉しそうな声を出しながら顔を覗かせる水晶龍。すぐさま出てきて龍石の周りを三周すると、その腕に、服の上から巻き付いた。
「一度社に帰るぞ。お前も少し聖域で休むが良い」
「…………」
ジト目でその様子を見ていた大吉さんは、無言で返された袋を受け取る。
「藍華、お主の置いていってくれたこの指輪。まだしばらく借りておいても良いか?」
言われて見ると、龍石の指にはわたしが置いていったトウマの指輪がはまっていた。
「もちろん。なんならそのまま龍石が持っていて。多分……その子の作者も喜ぶと思うから…………」
「……しばらく……借りておく、と言っておこう」
龍石は目を細め、右手にはめたそれを左手の人差し指で撫でながらそう言った。
途中まで一緒に行く、と大吉さんも龍石たちと一緒に出て行き。病室にはわたしと夕紀美さんだけになった。
「やっと静かになった」
全くアイツらときたら、病院を会合場所と勘違いしてないか? と、呆れたように呟く夕紀美さん。
「アーティファクトでの治療は、割と早く完了するものなんですよね。入院すること自体、滅多にないとか……。そうしたら馴染みがなくて、そうなってしまう物なのかもしれないですね」
あちらとの治療方法の差は大きい。そう考えてわたしは言った。
「そうかもしれないな……」
夕紀美さんは苦笑しながらそう答えた。
そうして。わたしは一人病室にて、寝ては食べて、食べては寝て、を繰り返し……
翌日。
「本当にありがとうございました!」
スッキリ全快、朝日が眩しい。
大吉さんは、病院が開くと同時にやってきて。退院手続きやらなんやらをしてくれた。
夕紀美さんは病院の出入り口まで見送りに来てくれて。
「じゃぁ、今晩往診に行くから。できるだけ宿で大人しくしてるんだぞ?」
最終確認の往診について念押しされた。
「はい!」
「あ、夕方離れで宴会だから、よかったら夕紀美さんもよってってくれ」
「宴会……だと……?」
大吉さんの言葉に、少し怒気のまじったかのような声で言う夕紀美さん。
え……飲んだらダメ…………?
メガネが朝日を照り返していて。腕を組み、立つ彼女の表情は見えない。
「泊まりはオッケーなんだろうな?」
そう言って、クイっとメガネの位置を直すと、悪そうな笑顔が垣間見えた。
「……泊まる気満々か! 雑魚寝ならできるよ……」
苦笑しながら大吉さんが答えると、
「必ず行こう。良い酒、用意しておけよ?」
そう言って、院内へと引き返していった。




