263.で、明日なら大丈夫なんだな?
「明日が出発だなんてとんでもない! 却下だ却下!」
夕紀美さんが大吉さんに向かってそう言うと、つい先ほど事情を聞きつけ、仕事を抜け出しやってきた田次郎さんが口を挟んだ。
「まぁまぁ、夕紀美。そうカッカなさんな。美人が台無しだぞ?」
夕紀美さんの治療を受けたわたしは、ベッドを挟んで行われているその応酬を眺めていた。リクライニング式のベッドにもたれた状態で座りながら。
夕紀美さんが、首をぎぎぃっといわせながら田次郎さんの方を見て、再び口を開くと──
「藍華は死にかけてたんだぞ! 今怒らずしていつ怒れと言うのだ! この研究バカが!!」
その勢いはまるで火のようで。
「神器がどうだとか、事情を聞きたいだとか! そんなものは完治してからに決まってるだろうが! そこのあんたもだ! 各務藤壱係長!」
ビクゥっと体を震わせ、凍り付いたかのように動きが止まる藤壱係長。
そう。何故か、二人は連れ立ってやってきていたのだ。
藤壱係長からは、開口一番に藤騎君を守ってくれてありがとうと言われたけれど。その直後、持ち出した神器はどうなったと聞いてきて。
わたしが説明するのに困っていると、田次郎さんが側にいた人型龍石に気づき、どう言った事情でここにいるのかとか、大はしゃぎで質問攻めにしだして。
龍石が面倒臭そうに大吉さんの後ろに逃げ、こっちにいる間こやつから匿ってくれぬか、と言い。
大吉さんが、一応明日出発予定だから──と、言った直後、呆れ果てて黙っているのかと思っていた夕紀美さんが怒り出したのだった。
「私が商隊の頭取とやらに連絡を入れる。医療証明も出すし、神器の件についての功績もあるから、保証は政府に出させる。手続きはコイツらがするし。だから心配するな」
突然政府とのやり取りを振られて目を丸くする田次郎さんだったが、
「了解した、田次郎副所長と一緒に引き受けよう」
藤壱係長があっさりと了承して、何かを考えるように右手を口元に当てた。
「そうだな……藍華にはまだまだ色々聞きたい事があるし、協力もしてもらいたいし。喜んで引き受けよう」
下心を隠すつもりもない様子の田次郎さんに、わたしは苦笑し。夕紀美さんは呆れたようにため息を一つつくと、大吉さんに言った。
「藍華はまだ引き続き治療が必要だ。今日一日はここでたっぷり休ませる。出発許可は最短で明後日だ。大吉は明日の朝にでも迎えに来い」
小言で散々自分の身体の状態を聞かされたけれど、改めてドキリとする。
そこまで危険な状態だったのか、と。
「本当に……その場にいたのが蝶子で良かったよ……」
聞く所によると蝶子さんは、専門医師以外では、今回のわたしの症状に対応出来るアーティファクトを持つ唯一の人物だったらしい。
「彼女以外の応急処置担当者だったら、ここまでも保たなかっただろう……」
その言葉を聞いた田次郎さんと藤壱係長は、驚愕の顔をしてわたしを見て言った。
「そこまで危険な状態に……」
「重ね重ね申し訳ない…………」
「わたしのコレは呪いのアーティファクトが原因ですから……誰のせいでもないですよ」
藤壱係長の言葉にわたしがそう答えると、田次郎さんは苦笑しながらわたしを見る。そして視線を夕紀美さんに移して言った。
「政府への連絡だな、すぐにしよう。藤壱係長、あんたは息子さんの事があるだろう? こっちはオレがやるから。気にするな」
「……いいのか?」
「同じ子を持つ親として。少しは協力し合おうや」
「……感謝する……」
「おぅ。たっぷりもぎ取ってきてやる」
そう意気込みながら、治療室の扉を開けドアを閉める直前に再びこちらの方を見て……。
「で、明日なら大丈夫なんだな?」
「「「…………」」」
「早く行け‼︎」
夕紀美さんが手元にあった金属製のボウルのような物を投げつける。田次郎さんは慌てて扉を閉じ、ボウルは少々派手な音を奏でてから止まった。
「ったく……。
係長、あんたも今日は息子と一緒に帰れ」
「そうだな……。色々と手続きをしなければならないし」
そう言って藤壱係長は藤騎くんを見る。
「?」
「子供だからといって、やっていなかったが……。変に利用されるくらいなら、しっかり記録を取って政府に提出し、手続きをするぞ。いいな、藤騎?」
「ホント⁉︎」
言われた藤騎くんの顔は喜びに満ちていて。
「手続き……?」
わたしがポツリと小さな声でそう言うと、大吉さんがかがんで顔を近づけてきた。そして耳元で囁くように教えてくれる。
心臓がっ……!
「特殊アーティファクト使用者登録という物があってな。
成人して、特殊なアーティファクトを保持する者、使用できる者は役所に行って登録しなければならないんだ。そして有事の際、そこから適任者が選出され、依頼が行くようになっている」
「そ……そうなんですか…………」
「本来は成人してからの登録だが……今回のようにこられてはたまらないからな」
「警察の動きによく気づけたな。研究室に篭りっぱなしの研究員が」
顔の近くから離れていった大吉さんが、少しわざとらしく大きめの声でそう言うと、
「……ふん……これでも一度はそのアーティファクトを継ぐために色々やってきたんでな……その時の伝手でな……」
藤壱係長は、そう言って面白くなさそうな顔をしていた。




