258.ありがとね……もう出して良いよ…………
大吉さんが、そらした目を、出てきたばかりの闇の方まで向けて確認する。
「まだ、そこにあるな……ほんの少し後退しているようだが……」
すると、フェイとアグネスが言った。
「多分ここは大丈夫だ。一度爆発的に広がってきたが、それ以降は広がってくる兆しは見えない」
「あぁ、あそこの大きな岩よりこちらには来ていないし……」
ひとまず、それ以上広がってくる様子がないのならよかったと、わたしは一息つく。
「闇のきてた所、全部が黒……というか焦茶色……? みたくなってって……ここから先、生き物の気配を感じないね…………」
藤騎くんはその闇との境界線の方を見て、言った。
「僕が目印と思って見てた岩も、闇が覆った部分から先がボロボロの灰みたいになってるよ」
「藤騎、あまり近づくなよ? 何の弾みでまた闇がくるかわからないから」
興味津々な声で言う藤騎君に、大吉さんがそう注意をした。
草も岩も、全ての生気を吸い取り。元あった形は止まることを許されず、灰となる。
これが、呪いのアーティファクトで焦土と化する、ということなのか……。
キュゥう、キュゥう
水晶龍が何か話しかけるようにわたしの目の前に来て鳴いた。
あ、そうだ。早く出さしてあげないと……。
「ありがとね……もう出して良いよ…………」
その言葉を聞くと、水晶龍は少し離れた所へ行き、何やら力を込めてプルプル震え出す。
「一体何を…………?」
大吉さんの言葉に、わたしが答えようとすると。水晶龍は明らかに容量オーバーなソレをズオオオオオオという音と共に吐き出した。
「……‼︎……」
全員が息を呑んでそちらを見る。
うん、やっぱり驚くよねー。提案したわたし自身も驚いてる。
わたしから三人の顔は見えないけれど、おそらく大吉さんと同じような顔をしていることだろう。
大吉さんは、目を見開き、口もあんぐりと開いた状態で、アグネス達の後ろの方を眺めている。
「特殊部隊の連中まで……何で……⁉︎」
大吉さんが驚愕の声を上げると、その声に反応したかのように、蘇芳さんが首を振りながら起き上がる。
「く……ここは…………?」
続いて特殊部隊の面々が次々と目を覚まているようで、ムクリと起き上がる影が見えた。
「儀式が……行われている最中に……来たんで……す…………」
ケホッと、咳き込みながら言うと、胸が苦しくなり息が切れてくるのを感じた。
「藍華、無理して喋らなくて良い……まずはゆっくり休め……。
そうだ、ベルカナは?」
大吉さんはベルカナでわたしを治療してくれるつもりなのだろう……けど、もしかしたら…………
荒い息はなかなか治らず、わたしはひとまず目でその場所を示した。
「ポケットだな、ちょっと失礼するぞ」
そう言うと、すぐに大吉さんはわたしのズボンの右ポケットからアーティファクトセットのチェーンを引っ張り出す。そしてベルカナを手に取ると、訝しげな顔をして言った。
「これは……発動できない…………?」
やっぱり──
大吉さんがそう呟くと、後ろから蝶子さんがやってきて言った。
「大吉さん……お待ちください、藍華さんの回復が先です。……少し場所をいただけますか……?」
自身もまだ完全じゃないだろうに。蝶子さんはそう言うと、七粒の玉のついたブレスレットを取り出した。
「藍華さんが回復すれば、そのアーティファクトの力も戻って来るはずです。結界を張りますから、そちらまでお下がりください……」
指された方、水晶龍が吐き出した者達の方へと素直に全員が向かうと、蘇芳さんの声が聞こえた。
「藍華は蝶子に任せてこっちを手伝え……! 念のため、コイツらのアーティファクトを全部取り上げるんだ」
「……わかってるよ……!
お前はもう少し休んどいたらどうだ? ダメージデカそうだから」
言い合う二人の声に、蘇芳さんも無事そうで良かった、と胸を撫で下ろす感じに一息つく。
「藍華さん、こちらに……治癒に集中してください。
全快までは難しいですが、太陽も出てきているので私の力も強まります。できる限りまで治療しますので……」
「……はい……」
自分がどんな状態なのかわからないけれど、今は蝶子さんに頼ろう。
「ありがと……ございます…………」
感知の力も働いていないはずなのに、目を瞑る前に見えたのは、光に包まれる蝶子さんとそのアーティファクト。
大玉の両サイドに三つずつの玉が連なるブレスレット……アレは多分医療用アーティファクト。
目を瞑るとさらにイメージが脳内に浮かんでくる。
蝶子さんが力を解放すると六つの玉がそれぞれの場所へと飛び、医療用結界の六芒星を形作った。
そして、透明な大玉が彼女の目前に現れて、そこから力を発動して治療を開始する。
すると、同時にホンワリと身体が温かい何かに包まれ、流れてくる心地よいエネルギーを感じた。
このイメージが事実なら、まるで龍石の千里眼みたい、と思いながら……。
わたしが扉を越えて得た能力は、コレなのかもしれない――。
じゃあ時折見える、彼女から天に登る一本の細い金色の糸は、太陽が出る時強まるという力と何か関係があるのだろうか……?
そう漠然と思いながらわたしは身を委ねた。




