257.闇を掻き分ける光
目が閉じてしまうと、それまで聞こえてなかったざわめきのようなものが耳に届いてきた。
しかしそれは、どんどんと消えて行く。
草も木も、虫も。風さえもが存在を許されなくなっていくかのように、静寂の輪が広がっていく。呪いのアーティファクトのある方向を起点として──
しばらくすると、ブツリと何かが切れる音がした気がして、それから急激な眠気に襲われ、意識が遠のいていくのがわかった。
このまま意識を失ったら、自分はどうなるのだろう…………
意識が遠のく中──何かが聞こえた気がしてわたしは眠気に必死に抗った。
「…………」
「藍華──‼︎」
力なく閉じていた目が開く。
そして、力を振り絞ってこれまで向かっていた先に首だけでも、と向ける。すると──闇を掻き分けるようにして光が現れた。
それは光に包まれた……大吉さん──!
駆け寄ってくる大吉さんを見ると、そのポケットがとても強く光り輝いている。
何かの結界アーティファクト……?
「藍華、起き上がれるか?」
大吉さんがそう言ってしゃがみ、覗き込んでくる。頭を撫でるように触れられると、光がわたしにも移り、体が少し軽くなった。
触れた者にも移る結界……?
「……スミマセン……身体に……全然力が入らなくて……!」
わたしは事実を述べた。身体を操る神経がピクリとも動かない。
喋るのもようやっとで、目も開いたとはいえ半目程度。
「わかった。じゃぁ担がせてもらうぞ」
大吉さんは、わたしを左肩に担ぐと龍の姿の龍石を見て話しかける。
「この黒い龍は……まさか龍石か?」
『……いかにも……』
龍石もわたしと同じだろうか、ピクリとも動かず返事をする。
「悪いが引きずってく。途中で元の岩の姿に戻るなよ!」
『……善処しよう……頼んだ……』
大吉さんは、龍石の返事を聞き、右手で龍石の尻尾をむんずと掴むと──
『…………』
元きた方へと走りだした。
ガガッゴガッ! と、龍石が何かにぶつかる音が聞こえるけれど。龍石は無言で引き摺られていった。
闇は段々と薄くなり、完全に晴れると──
「藍華!」
「藍華ねーちゃん!」
闇の外で待機していたのか、アグネスと藤騎君が駆け寄ってきた。
「大吉、こっちにマットを用意するぞ」
アグネス達の後方にいるらしいフェイが、アーティファクトで簡易マットレスを用意してくれているようだ。
「とりあえずここに寝かせるんだ」
「サンキューフェイ」
草原に敷かれたマットレスの上にそっと下ろされると、わたしが手に下げているユキノブの袋がモゴモゴと動いた。中からはキューキューという声が聞こえてくる。
「! 開けていいか?」
「はい……開けてあげてください……」
大吉さんがわたしの手から袋を外し、開けると。水晶龍が勢いよく飛び出し、大吉さんの顔面にぶつかった。
「がっ……‼︎」
キュゥウウウン
水晶龍はわたしの周りを何周かすると、嬉しそうにして頬に擦り付いてきた。
「ありがとう……水晶龍……」
ふふふっと笑いながら水晶龍に手を伸ばそうとするけれど、まだ体の力は戻らず。手はピクリとも動かせない……。
再び飛んで、クルクルと周回しだす水晶龍を目で追っていると、
「あ! 大吉さん、龍石を……!」
未だ頭部を闇の中に突っ込んだままの龍石に気づいて、わたしは大吉さんにお願いした。
「スマン! 忘れてた!」
慌てて駆け寄り、尻尾を再び鷲掴んだ大吉さんは。龍石を闇の中から引き摺り……いや、ひっぱり放り出した。
闇から抜け、大吉さんが掴む尻尾を中心に、弧を描くように飛んでゆく龍石。思わず目を瞑ると、どしーん! と龍石が無事(?)呪いの闇から抜け出た証拠な音が聞こえた。
『…………』
龍石は終始無言で。意識の有無はわからなかったけれど。石の姿に戻っていないということは、おそらく大丈夫という証拠だろう。
「スマン! スマンってば! 間に合ったみたいだから許してくれ!」
戻ってきた大吉さんを、水晶龍がまるで責めるかのようにつついて、龍石の頭部の方へと飛んでいった。
その様子を眺めていた三人が、わたしの様子を伺うようにしゃがみ、覗き込んできた。
「藍華、大丈夫か?」
「怪我、したの……?」
アグネスと藤騎君の問いに、なんとか笑顔を作って答える。
「怪我じゃ……ない……疲労感が強いけど……多分大丈夫…………」
その時、視界から消えた水晶龍の気配が追えていない事に気づいた。
感知の力が使えていない……?
けれど、不思議と不安とかを感じることはなく、身体と一緒に感情も麻痺してしまったのだろうか、と一瞬考える。
「そっか……。ひとまず休め。動けるようになったらすぐに病院まで行こう」
そうアグネスが心配そうな顔をして言い、フェイと藤騎くんはその両隣で頷いていた。
「皆が無事で……良かった……」
戻ってきた大吉さんが、神妙な面持ちで何か物言いたげに見てきて、わたしはもう一度会えたという嬉しさで、思わずじっと見つめてしまう。
すると、ふいっと目を逸らされて、心にかなりのダメージを感じた。
そして、感情は麻痺してないと気づいた。
となると、感知できない呪いのアーティファクトの事が気になり、力無い声で聞いてみる。
「……呪いの……闇は……?」




